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ありふれた世界の崩壊



ずっと昔から親が嫌いだった。

彼らの思想も態度も、全てが大嫌いだった。他の魔術師の家系に阿ることばかりで一家の繁栄をまるで気にしない。昔から変わらず「力を名誉のために使ってはいけない」というふざけた教えを貫き魔術の研究も許されず、一家は衰退の一途を辿っていくばかりであった。輝かしい名誉も今では埃を被った遺産。血統を重んじる一族からはまるで部屋に住まう鼠のごとき視線を浴びせられる。それなのにへらへらと平和ボケしたことしか言わないのだから、私は幼心に決めたのだ。「一族の悲願は私が成し得てみせる」と。偉大なる曽祖父にそれを固く誓ってからというもの私は日々勉学に明け暮れた。魔術のみならず医学も天文学も史学も余すことなく深く身に付けた。親の思想に異を唱える曽祖父の元で実験も行い、魔術を究めた。親に露呈し「今すぐ止めろ」と激しい反対を受けようとも、私は意に介さなかった。負け犬の遠吠えなんて貸す必要もなかったからだ。私は歴史ある魔術師の家系に生まれたのだ、同族から蔑視される謂れなどなく彼らに劣っているはずがない。

高校を卒業してからは他人との接触を最低限に抑えた。限りある時間を全て研究に回したかったからである。その頃には親の顔さえ朧気であった。そうして現在。幼い頃に一族の悲願の達成を誓った曽祖父は他界し、親も体の衰えを認識して家督の一切を私に委ねて姿を眩ませた。歴史ある古屋敷には私と数名の使用人が住んでるのだが、気が付けば彼らの間で私は「血に飢えた魔術師」と呼称されていた。違法な人体実験や生物実験などを示唆しているのだろう。確かにそれらに嘘はない。結果を出すためのいち手段としてそれらも利用した、ただそれだけのことだ。血を吐き他人から倦厭される人生を送ってきたが、今日ようやく私はマスター適性があると告げられた。有する魔力は一族の中でも稀代とされるものらしく、昔私を嘲り笑っていたそいつは血の気を引いた顔で私から視線を逸らした。やはり私は正しかった、私には力があった。親のように廃れて良いものではなかったのだ。告げられた時、久々に表情筋が軋んだ。


「これでいいか」


地下の研究室にてひとつの魔法陣を展開する。当然ながらこの部屋には私だけだ。契約を交わす英霊に良識は求めない。一族の悲願でもあり私の夢でもある「人類回生計画」を協力してくれるのであれば誰だって、属性が最悪でも構わない。生命体が集うこの星を一度真っ白な状態へ帰し、神の元で平等に文明を再構築させる。それが果たす夢だ。そのためにはこの聖杯戦争で勝ち残らなければいけない。見ていてください曽祖父、私は必ずや達成してみせましょう。そのために私は人生を捧げると決めたのですから。魔法陣が目も眩むような鋭い光を放つ。魔法陣から発せられた猛風は部屋を満たし、様々な物が壊れたり崩れていく。白い光が徐々に歪み黒く変貌する。蔦のように細く伸びる黒い光はやがてうねり始めた。何が起こっているのか解らない。いやこれが召喚というものか。

今まで見たことがない光景に固唾を嚥下する。瞬間頬にぴりっと電流が走った。背筋が泡立つ。何か得体の知れないものが這い出てくるかのを察して、脳内にけたたましいほどの警鐘が鳴り響いた。指先がぴくりとも動かない。足裏はまるで床に縫い付けられたかのようだ。そして光が収まりを見せる。おどろおどろしい陣の中央からは煙がもくもくと立ち上っている。そしてその中にひとつの影が見えた。それは人の形を模しており、腰を曲げた人間が腰をあげるように動く。成功したのだと、その瞬間理解する。冷や汗が背中を伝っていたがそれを理解すると全身に溢れんばかりの興奮が走る。成功した! 間違いなく成功したのだ! 血液が沸騰しているかのように全身が熱い。叫びたい衝動に駆られたが、それよりも早く煙から「それ」が姿を明瞭にした。


「あいよー! 最弱英霊アヴェンジャー、お呼びと聞いて即参上!」


明朗快活な声と子供のような笑い声が響き渡る。真っ黒な短躯と蔓のように全身を伝う赤い文様。黒髪に巻かれた真紅のバンダナが風になびく。魔法陣の中央には異質な雰囲気を放つ少年が立っていた。私より一回りも二回りも下の少年を模した彼はしかして確かに英霊である。現に私を見据える彼の双眸は限りのない深淵を宿していた。黒く淀み底のない沼のようにどろりと膠状としている。アヴェンジャー、それが何を指すのか私は十分理解している。これがルール違反であることも。殺しに特化した英霊、アヴェンジャーアンリマユ。彼が私にへらりと笑った時、頭の中のどこかで崩壊が鳴り響いた。