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親指に愛を乗せて唇で伝える



久しぶりの休暇だったので、これまた久しぶりにセイバーの方の式を部屋に呼んだ。


「マスターからお茶の誘いがかかるだなんて、嬉しいわ」


「最近式と話す時間がなかったから、話したくて」


「あらそうなの? ありがとう。私も話したいと思っていたの」


着物の袖を口元に宛てがい、ふふと上品に微笑む。やっぱ彼女はいつ見ても佇まいが美しいと思う。着物を着た女性はカルデアに来る前も見たことはあるが、ここまで着物が似合い尚且つ上品で綺麗な女性が居たかと問われれば、私は首を横に振る。彼女とは長い間一緒に戦った仲であり少し恥ずかしいが同衾した仲でもある。そのままの意味で、ここに来た当初はなかなか寝られなくて、その時に彼女に添い寝をしてもらったのだ。初めてとはいえ不思議と緊張せず、むしろ安堵に包まれて安眠できた。あの時は情けないが助かった。


「この前ジャック達と隠れんぼしたんだけどさ、私が鬼の時全然見つからなかったんだよね。改めて凄いって思った」


「相手はアサシンですもの。それに子供は小柄だから色んな場所に隠れられるわ、手を焼いてしまうのは普通よ」


「子供の遊びに本気を出した私が恥ずかしい」


甥っ子姪っ子達と遊んだ時も本気を出した時があった。私ってもしかして子供より身体能力が低い? 項垂れた私を見て、彼女は「素直で可愛いらしいわよ?」と微笑む。フォローのつもりかもしれないが全然フォローになっていない気がするのは、気のせいだろうか。


「子供の扱いが上手よねマスターって」


「子供が好きだからじゃない? 元気溌剌で見ててこっちもやる気出るし」


「マスターの子供を見てみたいわ」


突如として落とされた爆弾発言に、思わず口に含んだお茶を吹き出しそうになってしまった。何を言い出すんだこの人は。金魚さながらに口をぱくぱくさせ、悔しくも顔に熱が集中した顔で彼女を見つめれば、彼女はまたしてもふふと笑みを零す。揶揄うような、それでいて慈しむような。一瞬どきりとした。式は私を見据えて細い唇を開ける。


「貴女に似て可愛らしいのでしょうね」


「わっ、私はまだそういうのは考えてないよっ」


「そうなの? マスターは好きな人は居ないのかしら?」


「好きな人!? 居ないって。そういうのは考えたこともないし」


「じゃあどんな人が好きなの?」


「好きなタイプか」


これに関してもこれといった具体的な好きなタイプはない。のだが、漠然となら答えられるかもしれない。数分間悩んだ末言葉を選ぶように迷いながらぽつりぽつりと零し始めた。


「横柄な態度を取らずに落ち着いていて、そして優しい人かな」


高圧的な人や暴力を振るう人は何よりも嫌い。そういうと彼女は柔く笑んだ。


「マスターは謙虚なのね」


「謙虚っていうより、嫌いなタイプの真反対が好きってだけかも」


「いいと思うわ。私も暴力は嫌いだもの、悲しいことよね」


と言ってもよく考えればここって暴力や戦が好きって子多かったよね。それと同じように平和主義な子も居るけど。


「でも恋人はいつかできるといいな」


今は人理修復が第一だけどそれらが落ち着いて全てが元通りに戻ってきた時、私はその日常で恋人を作ってみたい。以前まだ恋したことないと清少納言とダビデに打ち明けたのだが、「絶対した方がいい! むしろしないだなんて損してる!」とさながら熱血教師のように恋のなんたらを語られた。式が淹れてくれたお茶を飲めば、少しの冷たさが舌を冷やす。せっかく淹れてくれたのに申し訳ないことをしてしまった。内心で謝ると、タイミングを見計らったかのように彼女が口を開いた。


「ねえマスター」


「うん?」


声に引っ張られて顔が上がる。いつものように何気なしに彼女の双眸を見る。静謐な瞳はいつになく真剣味を帯びて私を見ていた。柔らかな空気の中にどことなく漂う緊張に、知らず知らずのうちに背中に力を入れてしまっていた。言われることは何かと考えていたら、彼女の白い手が伸ばされ私の一方の頬を包み込む。同じく冷えているであろうお茶が入っているコップを触ってたとは思えないほどに温かい。驚きもあったけどそれよりも疑問が大きかったので私は彼女を見つめたまま「式?」と名を呼んだ。応じるように彼女の親指の腹が目元をなぞる。くすぐったさに目を眇めた。彼女はそれを見て美しく笑んだ。


「可愛らしく謙虚で、未だ恋を知らぬ純粋無垢な私のマスター」


頬に宛てがわれている手は少しづつ下へ降りてきて、そして唇に当たった。形の良い爪が下唇をさする。私を見つめる彼女を見ていたら魂さえ抜け出てしまいそうだ。雪のような彼女が宿すのは一抹の炎。それは小さくも確かな熱を持って私を魅了する。この瞬間は、私は彼女しか映せなかった。


「私、貴女のことが好きよ」


蕩けるような甘さを唇に感じた。