※ご都合設定。
※藤丸立香=男。
目も眩む光が淡くなると、中からひとりの人間が姿を現した。
「真名、名前。私を必要とするその酔狂に免じて力を貸しましょう」
今日新しくやってきた英霊は女性だった。クラスはランサー。情報を見るにどうやらペルシャの神霊を喚び寄せてしまったらしい。発見された触媒が古いので太古の誰かとは予想していたが、よもや神霊が人間の器を借りて来るとは。でもカルデアにはそういう女神様も居るんだし、仲良くしてくれるといいな、そんな想いを抱きつつ挨拶した。
「俺がマスターの藤丸立香。よろしくね」
「まあ、まあ、まあ。あなたが私のマスター? 可愛らしい子ですね」
ふわりと花を咲かせるように微笑んで、俺と握手をする。なんていうか、佇まいといい喋り方といい、マリー王妃を彷彿とさせるなあ。マシュとも挨拶を交わしたところで、俺は早速カルデアを紹介して回ろうと提案する。
「おひとつよろしいかしら、マスター?」
ちょいちょいと手招きされ、部屋を出ようとした身体が彼女に引き付けられる。俺もマシュも目を点にして見つめれば、名前は自分たちしか居ない部屋を忙しなく見渡してから顔を寄せて声量を下げた。
「こちらに彼は居るのかしら?」
「彼?」
「どなたですか?」
「ペルシャの大英雄、アーラシュ・カマンガーです」
「アーラシュ? うん、居るよ」
彼なら確か朝から狩りに出てて、時間的にそろそろシュミレーションから帰ってくるだろうと伝える。すると、みるみる目に輝きが満ちていく。満天の星空のような双眸を細めて、頬をほんのり赤らめてくすくすと笑った。
「そうなのですね、彼が居らっしゃるんですね」
何がなんだか解らない俺たちは置いてぼりを食らっているけど、これはあれか、アーラシュと縁の深い方でしたとかいうあれか。ここカルデアではそういう人が少なくない。召喚後に実は妻でしたー、前妻でしたー、宿敵でしたーなんてことはざらにある。女神様と関わりがあるなんて初めて聞いたけど、改めてアーラシュの凄さに脱帽した。だってかのファラオに認められただけではなく、女神様に会いたいと言われてるんだから。これは帰ってきたら本人に詰問しなければ。
「カルデアを紹介してそのまま迎えに行く?」
「ええ、ええ。ぜひそうしましょう。彼以外にもどのような方たちが居るのか、気になります。よろしくお願いしますね、マスター」
上機嫌な女神様を連れ立って、俺とマシュでカルデア内を案内して回った。昼過ぎともあって食堂に人の影は絶えず、新顔ながらも他人と関わることに消極的では無い彼女が馴染むのに時間はかからなかった。スタッフともすぐに打ち解けて、会って数分だと言うのにもうお茶会やらシュミレーションやらに誘われている始末。うーん、凄いなこの女神様。神であっても、その格に胡座を掻いて見下していないから好かれるんだろうな。傍に居たマシュも「どうやったらあのように誰とでも打ち解けるのでしょうか。ぜひご教授願いたいです」と、羨みながら意気込んでいる。次に名前の自室を教えて、施設の使い方や今後の方針などをドクターとダ・ヴィンチに教えてもらっていると、それだけで時間はかなり過ぎていた。
「そろそろシュミレーションが終わるかも」
新入りサーヴァントに教えるべき事柄を一通り教えて部屋を出たら、ちょうどその時刻になっていたことに気づく。マシュの「迎えに行かれますか?」という問いに名前は「行きましょう!」と、アーラシュがいることを伝えた時同様に声が弾んだ。そんなに会いたいなんて、もしかしてアーラシュが好きなんじゃ……。それとも、もうそういう関係だったりして……。妄想が妄想を呼び、悶々としながらもシュミレーションの部屋に着く。プシュ、と空気の抜けるような音を立てて扉がスライドして、中からぞろぞろと大勢のサーヴァントたちが出てきた。その中のひとり、槍のクー・フーリンが俺たちの存在にいち早く気づく。
「よっ、マスターじゃねえか。お嬢ちゃんも。甲斐甲斐しく出迎えか? 健気だねえ」
からからと笑いながら俺の頭を掻き乱す。せっかく髪を梳いたのに! とか思いながら抵抗してると、鳥の巣を作っていた大きな手がぴたりと止まる。重さに項垂れた頭と視線を持ち上げると、クー・フーリンはマシュの隣に立っている人物、名前を捉えていた。
「新入りか?」
「はじめまして」
「カルデア内を案内してて、彼女がアーラシュを出迎えたいって言ったから来たんだけど、アーラシュ居る?」
「あいつか。ちょっと待ってろ」
「ありがとうございます」
言うと、クー・フーリンはシュミレーションの部屋に向けて「おいアーラシュ! お前さん宛に客人が来てるぜー」と声を張った。声に釣られて部屋からアーラシュの姿が出てくる。
「俺に客人?」
はてなを浮かべているようだった。が、名前を視認して瞬く間に顔色を変える。
「なっ、なんであんたがここにっ!?」
「アーラシュ……?」
血の気が失せた顔色と反応を見るに、それは完全にメイヴを紹介した時のクー・フーリンと同じだった。普段の彼は他人に好き嫌いを抱くような人柄ではない、と俺は捉えている。少なくともこんな反応は見たことがない。マシュもクー・フーリンも意外そうに見つめているのが証拠だ。今にも逃げ出そうとするアーラシュに、名前は傷ついてるんじゃと思い、恐る恐る見てみると、彼女は両手で顔を覆い隠していた。
「私はあなたのために遠路遥々やってきたと言うのに、第一声がそれだなんて……。悲しい、あまりにも悲しい。涙で河を作ってしまいそう……」
「河!?」
さらりと言ったトンデモ発言に驚くが、名前からすすり泣く声が聞こえてきたので、驚きは心配に変わった。細い雨音は止まず、マシュも心配になり「だ、大丈夫ですか?」とおっかなびっくり尋ねている。クー・フーリンもさすがに「こんなべっぴんさんを泣かせんなよ」とアーラシュに軽く注意しているが、アーラシュは半目で彼女を捉えている。
「嘘泣きってことくらい解るぞ」
「え、嘘泣き!?」
「相変わらず鋭い観察眼をお持ちですね」
「先輩! 泣いた跡が全く見受けられません!」
ふふと笑む彼女を見て一杯食わされたと思い知らされる。クー・フーリンなんかは忽然と姿を消していて、自分は彼女に抱く印象を改めた。マリー王妃と似てるなんてとんでもない。悪巧みが好きな教授と同じ部類だ! 純粋無垢な笑顔は、今じゃ何考えてるか解らない緊張感を与えるものになって、そんな女神様に愛されている?アーラシュに少しだけ同情心が湧いた。
「こうやってあなたと相見えるのも懐かしいですね、アーラシュ・カーマンギール?」
「えっ」
「マスターの国では別のように訳されているのでしょう。あなたの名前を口にする機会が再び来ようとは」
再会の嬉しさを隠さない名前に、アーラシュは溜息を漏らして髪を掻く。
「俺をそう呼ぶのはあんただけだからな」
「ええ、そうですね。それにしてもせっかくの再会だと言うのに、喜んだらどうです? 私とあなたの仲というのに」
「あ……、アーラシュと名前ってそういう仲なの……?」
「勘違いしないでくれマスター! デタラメ言ってるだけだ」
「嘘と? 私があなたのことで我がマスターに嘘を言っていると?」
彼女の言い分を空かさず撤回したことで、彼女の声はみるみる弱くなっていく。前科持ちってことで嘘泣きなんだろうなと構えていたが、いい加減ふたりの関係性を知りたくなったので、今度は率直に聞いてみることにした。
「ふたりってどういう関係なの?」
思い切った切り込みだと我ながら思うけど、このふたりなら「不敬者!」と首を落としにかからないだろうと踏んで行動に移してみた。斬り掛かることは案の定しないけど、アーラシュは言葉を決めあぐねている様子で「あー……」とか「なんて言うかな……」とかなかなか要領を得ない言葉ばかり呟いている。名前はと言うと、完全にアーラシュの出方を窺っていて、聞いても多分アーラシュに投げるんだろう。大人しくアーラシュの答えを待つことにした。しばらくの苦悶の末、彼は言葉を見つけたのか、腹を括ったのか、きりっとした表情で口を開く。
「生前の頃に知り合った仲だ」
「それだけ!?」
「嘘吐きはどちらなんでしょうね。いいです、私が語り聞かせますから」
アーラシュの答えに満足できなかった名前が跡を継ぐ。不貞腐れるなんて、それなりの関係だったんだろうか。
「このアーラシュ・カーマンギールは、不遜ながらも私を拒んだ男なのです。マスター」
「拒む?」
言い方的にメイヴと同じような意味合いなのかと頭を過ったが、はたして。
「私が神霊であることはご存知ですよね?」
「うん。ペルシャの神様だよね」
「ええ。子供に恵まれなかった集落の者たちは豊穣と安産の加護を乞い、その願いで産まれたのが私。その加護をこの男にも授けようとしたのです」
「神様の加護を直に受けられるって有難いことなんじゃ……?」
「早まるなマスター。この女神はそんな優しいもんじゃない」
アーラシュは険しい顔で言うけど、話を聞く限りじゃむしろそれを拒んだアーラシュの方に疑問だ。加護を与えるから自分のものになれ! とか言われてるんじゃないんだし。それを言ったらアーラシュはなんとも言えない表情をして、名前は晴れやかな笑顔を浮かべている。え、もしかして……。
「よく解りましたね」
「だから言っただろ? そんな優しいもんじゃねえって」
「何が嫌なのです? 死後に苦しむくらいなら、私の籠に閉じ込められる方が余程良いと思いませんか? 泣かず、苦しまず、心地よい夢を見させてあげますのに」
なるほど。キアラさん属性も持ち合わせていたのか。でも、死んだ後苦しまなくていいのは、よくよく考えたらいいのかもしれない、なんて。
「加護が欲しくなったら仰ってくださいね、マスター。あなたのためならどこまでも深い加護を授けましょう」
前言撤回。いくら美しい女神様直々の加護であっても、ダメなものはダメだ。うん。よかった、受ける前に気づいて。なるほど確かにアーラシュが拒むわけだ。彼は神様の懐に入るような人じゃないだろう。だって死ぬ間際まで人間のために生きたひとだから。
「結局私の手を取らず死んだのですから諦めていたのですが、こうやって会えたんですもの。今度こそあなたから加護を願われるよう頑張りますね」
「そのまま諦めてくれれば良かったんだけどな。何度誘っても俺はあんたの加護を受けるつもりはないぜ、例えマスターのために死んだとあってもそのままでいいさ」
柔らかな言葉を囁きながらアーラシュの両頬に手を滑らせる。そ、そういう場面を見てるわけじゃないけど、なんだか落ち着かない気分になってしまうのは、女神様が醸し出す雰囲気が甘いものだからだろうか。俺なら一言も発せられないところ、アーラシュは動揺する素振りもなく、女神様の手を掴んで自身の顔から離した。すごい、愛の告白とも取れる言葉を言われて動揺しないなんて。これがペルシャの大英雄なのか。隣に居るマシュも同じような気持ちを抱いてることは、言外のうちにひしひしと伝わってきた。薔薇にも棘はあるを体現したかのような女神様だけど、頑張れアーラシュ。ちょっぴり羨ましいだなんて思いながらも、抵抗する彼を応援するマスターであった。
