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愛すべき愚者



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エルキドゥに半ば強引に連れられて、エルキドゥとあいつと相部屋することになった。ひとりがいいと何度も言ったのに! マスターも、何に当てられたのか「良かったね」とだらしなく笑われては放っていきやがった。汎人類史はああいう脳天気な人間ばかりが居るのかと考えたら、あんなマスターに負けてしまった自分が馬鹿らしく思えてくることがある。そんな折、いつものように自室で過ごしていたら、そこへマスターが現れた。

「キングゥ、居るー?」

ぷしゅ、と音を立てて入ってきてボクの姿を見つけると、手に持っていた紙を揺らしながら駆け寄ってきた。恒例のメンテナンスだ。ボクの身体は前の持ち主であるエルキドゥを模して造られたから、召喚されて爾来何かと身体の構造や具合や体調の変異について聞いてくる。ボクは造られただけの泥人形であることを忘れたのかと突き放しても、決まって「人形は芯を持たないでしょ」と真顔で返すから今はもう好きにさせることにした。物好きなことだと思う。

「今日も元気? どこか痛いとこや、違和感あるとこない?」

「ないよ」

「そっかそっかあ」

うんうんと頷きながら腕に抱えた紙にペンを跳ねらせる。一通り項目にチェックを入れると、今度は「右腕上げてー」と要求する。昨日となんら変わらないのに無駄なことを、そう思うが、食ってかかる方が時間の無駄なので大人しく従うことにした。右腕を上げて下げる。左腕を上げて下げる。十本の指を開閉して見せる。右脚を上げ、左脚を上げ、そして下げる。これらの工程を五分足らずに終えて、ようやくマスターは「うん」と満足した。

「どこも異常ないね。良し!」

「何度も言ってるけど、まだこんな無駄なことする気?」

「レイシフトで負った怪我を隠したことあるでしょ、キングゥ」

「あんなの怪我のうちに入らないから言わなかっただけだ!」

「状態異常のどーこが『怪我のうちに入らない』んだか」

「転けただけで血を出すお前ら『旧型』と一緒にするな」

「はいはい、そーですね」

マスターのくせに流されたことにムカついた。先日のレイシフトだって、ただの状態異常で放っておけば治るものだったのに、それをこのマスターは大事に捉えて帰るなり医務室に閉じ込めた。ボクを「旧型」とでも思っているのか? だとしたら心底不愉快極まりないし、その認識を改めてさせたいと強く思う。そこでふと気づいた。紙に集中してる彼女の指を掴み上げる。

「なんだい、これは」

爪の根元から第二関節にかけて浅い亀裂が走っていた。割れたそこは赤々として、推測するについ先程できたものなんだろう。マスターはそれを見て平然と言った。

「さっき紙で切ったみたい。でも痛くはないよ」

「はあ? 聞いてないだろ、そんなこと」

痛みとか、そんなのボクの知ったことではないし、どうでもいい。だいたい紙なんかで出血するなんて、よくこいつ生き延びられてこれたな。こんな簡単に血を出すなんて。それこそ「旧型」じゃないか。たかが状態異常なんかでボクに気を割くのに、紙なんかで指を切る自分のことは気にしないのか。無性に込み上げてくるものを感じた。ボクの攻撃には全く怯まなかったくせに、こんな物に傷つけられるなんて。

「君たち、仲良いよねえ」

突如、視界に細い緑の髪が割り込んできた。さらりと揺れてボクと彼女の視線を奪う。立っていたのは、この身体の原型となった主、エルキドゥだった。むかつくほど白々しい笑い顔でボクたちを見るが、心外な言葉を言わなかったか今。

「そう? 普通じゃない?」

お前もお前で普通に返すなよ。

「彼が親しく話す相手なんてマスターくらいだからさ」

「親しくしたことなんてないだろ、変なこと言うなよ」

「無自覚なんだね」

「は?」

「表情が柔らかいんだよ、お前」

冗談だとしても面白くない。ボクが「旧型」と話して嬉しそうにしてる、だと? 有り得ない。そんな可能性は一パーセントだってない。泥人形を「人間」として扱うマスターと、どうやったらそうなるんだ。嫌悪しかないに決まってるだろ。だいたい日課のメンテナンスだって、マスターがしたいと執拗いから渋々付き合ってやってるだけだ。勘違いも甚だしい。

「マスターは彼と話してて楽しいかい?」

「おい」

「楽しいよ」

「は?」

「ぶっきらぼうだけど困ってたら手助けしてくれるし、優柔不断な私と違うから結構頼りにしてるかも」

エルキドゥの問いに、聞かれていない心情まで返すマスター。助けてくれた? そんな覚えはない。お前の優柔不断にボクは関係ないだろ。ばっかじゃないのか、ほんとうに。そんなことで絆されるなよ、これだから「旧型」は。身体だけではなく精神も脆いというのか。やめろ、こっちを見るな、馬鹿なマスター。赤くなんかなっていない!

「へえ。随分信頼されてるね、キングゥ」

「な、なんだよ……」

エルキドゥから冷ややかな空気が滲み出る。ぞくりと背中が泡立ったが、心無しか浮かべる笑みに裏を感じた。ボクは関係ないだろう、マスターが勝手に言ったことで。理不尽な目に遭ってる最中なのにマスターは呆けているだけ。間抜け面だな。ぴしゃりと固まった空気を裂くように居丈高な笑い声が響いた。それはあいつの笑い声だった。睨めつけると、ギルガメッシュは腹を抑えて言う。

「見物な光景だと思ってな」

「ボクは見世物じゃない!」

こいつも、エルキドゥも、マスターもなんだと言うんだ。寄って集ってボクで遊んでいると言うのか? ちっ、やはり汎人類史は大嫌いだ。脆くて単純な「旧型」も、そんな「旧型」に頼りにしてると言われて高揚したボクも。