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その時間が好き



私が自慢できることは、その平凡さだ。悪いふうに捉えられがちだけど、言い換えればどんな環境にも溶け込める柔軟性があるってこと。穏やかな風に吹かれてそよぐ樹木のような人生を送りたい自分にとって、これは他のどんなものにも勝る美点と言える。


「おい」


今日も通常通り与えられた役割をこなしていたら背後から撃たれた威圧的な声に心臓が射抜かれる。石像のように固まるも、返事しなかったら今度は物理的に心臓を射抜かれかねないので「はい」と努めて平静に返事をし、振り返る。業務が停止してしまうことに同僚へ内心から謝罪を送るが、眼前の相手に免じて寛恕の目で流して欲しいことを願う。


「なんでしょうか、ギルガメッシュ王」


「行くぞ」


「えっ?」


「この我に同じことを二度言わす気か」


「で、ですが……」


「いーよ、行っといで〜。もうお昼だしね」


王自らの誘いとは言え私には仕事がある。そのことで躊躇っていると、助けの舟を出してくれたのはダ・ヴィンチさんだった。時間は確かに正午過ぎだけど、そんな、私だけ先に休憩なんて。背中に集中する視線が今にも槍となって突き刺さってきそうだ。気が引けてしまう私の背中を押したのは同僚だった。気にすんな、の意を込めて親指を立てられたが、そこはかとなく他意を感じるのは私が人の気持ちに過敏になっているからだろうか。ともかく、王様から滲み出る冷たい空気をこれ以上冷えさせるわけにはいかないので、ダ・ヴィンチさんと同僚たちのご厚意に甘えて先に休憩を取らせてもらうことにした。キャスターのギルガメッシュ王の背中を着いていくと、王は彼の部屋に入っていった。失礼します、と断りを入れてから恐る恐る入室する。彼ひとりに与えられた個室は彼にしては無駄を省いた非常に簡素な風景になっている。曰く「気が乗らん」とのこと。


「座れ」


「あ、はい。失礼します」


促され机の前に置かれた椅子に腰かける。王様はテーブルの向こう側に座った。


「王様、今日はどんな……?」


「まあそう急くな、雑種よ」


「だって王様のくれるお菓子は、どれも美味しいですもん」


「当然であろう。我の宝物庫にはあまねく至高の財しか揃えておらんからな」


鼻高々と言い切る様は、度が過ぎるともはや清々しささえ抱く。以前に一度だけ、自作のスイーツをキャスターのギルガメッシュ王に分けたことがある。それを甚く気に入った王様と、今ではかわりばんこでお菓子を交換してる。王様的には「我がくれてやる菓子と肩を並べるほどに精進しろ」らしいんだけどね。菓子を下賜する、なんつて。そんな薄ら寒いジョークは胸の内に秘めておくとして、王様から頂けるお菓子を今か今かと待っていると、王様の肩越しに金色の波紋が空気中に広がる。ゆっくりと顔を出したそれは皿に乗ったワンホールのケーキだった。篭手をはめた方の手がそれを机に置く。甘い香りが立ち上ることで、腹の底に寝静まっていた獣を奮い起こす。


「うわぁぁ、すごい綺麗。美味しそうですね! なんて言うケーキなんです? これ」


「我の国でもよく食べられたバターケーキだ」


焦げすぎず、生焼きではない、ちょうどいい焼き色とふんわりと丸い形はまるで焼き立てのようだ。名前のとおりバターの甘い匂いもする。四から六人分くらいの大きさのケーキは既に切られており、いただきますと両手を合わせてからその一切れを取った。王様から出された取り皿に移してフォークで切って口へ運ぶ。


「んん……!!」


なんだこれ、なんだこれ。上手く言葉で言い表せないけど、この食感はシフォンケーキに近いかも。間の層がすっごく柔らかくて、咀嚼すら惜しいほどに舌の上ですぐとける。表面の皮は少し厚いけど、うっすらとレモンの味がして甘さが執拗くない。胃に残らないから何切れでもいけそう。


「おーひゃま! おいひぃれふ!」


「飲み込んでから喋らんか」


「めちゃくちゃ美味しいですよ、これ。王様も召し上がってください」


「貴様に言われずともそのつもりだ」


王様が自分の分を取り分けて食べたのを見てからもうひとつに手を伸ばした。フォークで切って、食べる。うーん、とっっても美味しい。理性を溶かしそうな甘さに、王様がちょっぴり羨ましくなった。


「いいなあ、王様は」


「む、何がだ」


「だって宮廷料理人にいつでも好きな時に作ってもらえるんでしょう? 羨ましいです」


「王に許された特権というやつだな」


「さすがですね」


よくよく考えたらこの美味しさが紀元前からあるってことだよね。それって物凄く凄いことなんじゃ。はっと気づいて手が一瞬止まった。せっかくだから思う存分に堪能しようとなって、ケーキを食べる手を再び動かす。美味い美味いと咀嚼していると、王様が言った。


「次は貴様の番だぞ。解っておるな?」


「もちろんです。王様の舌を唸らせるような逸品を作ってお待ちしておりますね」


「ほう、言ったな? 我はこのケーキのように甘くはないぞ」


「望むところです! 誠心誠意、頑張らせていただきます」


自分が最も誇る美点はその平凡さだ。誰にでも馴染み、どんな環境でも波風立てない。その平凡さだけを取り柄として生きてきたが、この王様に褒められると「料理」という点も誇っていいんじゃないかと、少しだけそう期待してしまうのだ。