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嫌ってほど好きで、憎たらしいくらい愛してる



これの続き。








カルナに気持ちを告白されて爾来、あいつは事ある毎に思いの丈を口にするようになった。宿痾の前でもスタッフが居る前でも、所構わず空気を読まずそれをぶつける。そんなことがあってはむしろ噂が広がらない方が不思議で、瞬く間にカルデア内に「二人は付き合っている」という胸焼けするような妄言が広まってしまった。


「最悪だ」


「どうした、顔色が悪い」


「うるせえ触るな」


項垂れる私の額を触ろうとする彼の手を振り払っても、カルナは眉一つ動かさない。「熱があるなら医務室へ行った方がいい」なんて吐かす始末。ちったァ嫌悪感を示すとかしろよ! されるがままになってんじゃねえ! 何考えてるか解らないところも献身的な善行も見てるだけで常々酷い吐き気に襲われる。何故そうも泰然として居られるんだこいつは。いや、やめよう。相手を理解することは即ち思考を変えることになる。属性善なんて理解したくないし染まりたくもない。触らぬ神に祟りなし、だ。


「好き者でもあるまいになんでそうも連日と構うんだお前は。鬱陶しいぞ」


「好き者という自覚はないが、お前のことを好ましく想っているからだろう」


「ああもうっ、うぜえ!」


声に似合わず花まで散らすその様に不覚ながらも一瞬言い負かされた気になってしまう。ただでさえ飛び交う妄言に日々辟易しているのに、こいつは訂正するでもなく真逆に助長するようなことばかり言う。ひとつの種を潰してもまた増えるのだからまさにイタチごっこだ。なんだこれは、いやほんとになんなんだこれ。悪逆非道の限りを尽くしたこの私が何故カルナ如きの迷妄にここまで翻弄されなければいけないんだ。しゃきっとしろ自分。これでもこいつと肩を並べる英霊だろう。


「答えを急かすつもりは無い」


「答えも何も付き合うつもりはねえって言ってんだろ、諦めろよ」


何を隠そうこの男、振ったにも関わらずまるで意に介していないようで、振っても振っても言い寄ってくるのだ。曰く「一朝一夕でお前の気持ちが傾くとは思っていない」とのこと。聞いてねえよ! なんだその粘り強さは! アルジュナといい、こいつといい、インドの英霊は皆諦めが悪い集団か何かか? 少しは諦念を覚えろよ。乱雑に己の髪を掻くと深々と溜息を吐いた。なんだって私はこんなにも苛立っているんだ?

心底嫌いなら存在ごと無視すりゃいい。声も顔も見たくないなら触れなければいい。なのに私はこうして奴と机を同じくしている。何がしたいんだ私は。考えていることとは真逆の行動をしている自分を自覚して、さらに機嫌が悪くなった。言い知れぬ火にじりじりと体の隅を焼かれているような感覚だ。叫びたくなる衝動に駆られているとカルナが口を開き言葉を落とす。


「それに最近はお前ともっと話せるようになって嬉しささえある」


「は?」


雪のように真っ白な頬に仄かな赤味が差す。一瞬硬直した思考回路が、刹那に私が何故これほどまでにイラついているかが理解した。私がこいつに遊ばれているのが気に食わないんだ。彼の気持ちが本気にしろ嘘にしろ百面相する私を、見透かした顔で見つめるのが気に食わない。何故この私がたった二文字の言葉に玩弄されているんだ。本来ならば逆であろうに。人を誑かし、貶め、絶望する様を嘲り笑うこそがこの私であると言うのに! それが今はどうだ、骨の髄まで嫌悪する属性善に遊ばれる側にいるではないか。ふっざけんなカルナ。お前のいいように遊ばれて堪るかってんだ。


「冗談じゃねえ。『もっと話せて嬉しい』? お前はガキか!」


椅子から立ち上がった勢いで椅子が後ろに音を立てて倒れる。邪険な表情をする私を見て、カルナは至極不思議そうに目を瞬かせた。そうだ、この顔だ、こうでなければならない。この私が手のひらの上で遊ばれることなんてあるはずがない。散々見透かした面で遊びやがったなカルナ。これはその返礼だ、しかと受け取りやがれ。


「好き? ああ私もスキだよ、嫌ってほど好きで、憎たらしいくらい愛してるわ!」


もちろんこれは心に欠片も思っていない気持ちだ。今までの行いを百倍、千倍にして返すための嘘。カルナは鳩が豆鉄砲を食らったかのように双眸を丸くして言葉を出せないで居る。いい気味だなカルナよ。こいつに見せてしまった己の情けない表情も、彼のこの顔で少しは元が取れたといえよう。してやったりと満足する私の耳に、今にも掻き消えそうなほど細い声が聞こえてきた。


「そうか。そうか」


目元を赤らませて手の甲を唇に宛てがうカルナ。それを見て私は固まってしまう。お、おい、なんだその顔は。いつもなら何事も奥まで見透かした面で言い返すのに、その様子がない。確かに嫌いな奴の腑抜けた面を見れたことは満足ではあるが、予想もしていない反応を食らってしまって言い出した私の方がなんだか気まずくなってしまった。なんなんだこの展開は。こんなのは計算していないぞ!