メフィストが悪魔の落胤を匿ったと耳にして東京支部へ急いだ。流石日本の心臓と言うべきか、東京支部は配属された京都支部より活発的で、太陽光を跳ね返すガラス張りの高層ビルが所狭しと建ち並んでいる。とても最先端的な街並みだ。
「やぁ、こないなところで偶然ですなぁ。支部長はん」
「これはこれは。遠路はるばる京都よりお疲れ様です。無理が顔に現れていますよ」
「支部長はんも相も変わらずつまらなそうな顔しておりますなぁ。……ほんに殴りたいこと」
「京都の方は風流だと聞いたんですけどねぇ」
理事長室は毎度の事ながら荒唐無稽な雑貨に溢れて、せっかくの高級な調度品などが台無しである。形だけと出されたアールグレイは苦かった。いい加減旧友の好みを覚えてほしいものだ。
「はて。旧友とはどこにいるのやら」
「……悪魔め」
「本性出てますよ」
「ああ、あかんあかん。と、挨拶はここまでにして。うちが来よったのはあなたが悪魔の落胤を匿っているとの噂を耳にしましてなぁ。どんな子か一目見よ思て」
可愛らしい花があしらわれたティーカップを傾けたメフィストの食指が止まる。含み笑いとこちらの意図を探るような視線を改めて寄越される。
「根も葉もない噂を持ってここに来たんですか。なんとまあ暇なことで」
「……正直、告げ口する気ありません。ただの好奇心です」
「信用すると?」
「旧友のよしみでここはおひとつ」
京都でしか発売されていない抹茶ドーナツやその他甘いものをこそっとテーブルに置く。彼が甘いものないしジャンクフードに目がないことは把握済みだ。
「どうも胡散臭いですが、まあ、いいでしょう。この時間でしたら学校の中庭で食事していると思いますよ」
「おおきに。そちらのドーナツきっとあなた好みやと思いますえ」
欲しい情報は手にしたことだしさっさと出ようと思い扉に手をかける。なかなか出ない私を不思議に感じたメフィストが背後から「まだなにか御用ですか?」と投げる。その声に振り返って。
「いくら支部長とはいえ、学生の行動を把握しとるやなんて趣味悪いですよ」
そう言って退出した。どんな顔してたかはわからないが、せいぜい歯でも食いしばってたらいい。本性は物質界に蔓延る悪魔を祓う機関とはいえ、表向きは超エリートの学び舎として通っている。なるほど確かにその名に違わない外観だ。理事長らしい例を見ない奇抜な構造ではあるものの、見事な庭園や造りが細かい噴水、果てには宗教校らしく今ではお目にかかれないステンドグラスの窓まである。あの悪魔、すっかり俗世に染まったな。
「にしても生徒数多いわぁ。どこにおんのやろ、悪魔兄弟」
緑溢れる美しい庭園と言うのに、それを埋め尽くさんとするように生徒で溢れかえっている。目当ての兄弟は見当たらんし陽射し暑くなってきたし帰りたくなってきた。こんな石畳続きならせめてぽっくり下駄やめておけばよかった。後悔の念が疼き出した時、かさりと背後の近くから音が沸いた。
「誰か探してんのか?」
一人の男子生徒が弁当片手に立っていた。猫のような釣り目、肩から伸びる赤い刀袋、髪からちらっと見える先の尖った二つの耳。間違いない、この男の子こそ探していた奥村燐だ。しばらく見つめていたせいで「おーい?」と覗き込まれる。
「きみや、きみ。探してたんは」
「は?」
「きみやろ? 悪魔の落胤や言う子ぁは」
「……お前誰だよ」
一気に警戒をむき出しにして後ずさる。今気づいたが足元には小さな黒猫もいた。きっと使い魔の類だろう。尾二本に分かれてるし。
「そない警戒しんでも安心せえ。うちは京都支部の祓魔師。今日はきみに会いに来たんや、奥村燐くん」
「京都? 勝呂や志摩と同じ……」
「勝呂?……ああ、明陀宗の跡取りか。そうや、不安なら彼らに聞いてみるとええ。知己やから」
「でもなんで京都の奴が俺に会いに来るんだよ。また上からの命令か?」
情報によれば奥村燐くんは十五歳。やと言うのにこの疑りよう。いい歳した大人がこないな幼子いたぶって何しとるんだか。おねえさん悲しくて涙出てまうわ。
「ちゃうよぉ。奥村燐くんに挨拶しとうて来たんや」
「なんだ、そうなのか!京都にまで知れ渡ってるとは、ひょっとして俺って有名人ってやつか?」
「……なんやちょろいなこの子」
猜疑心なんてどこか、すっかり目輝かせている有様。うーん、かいらしい子ぉや。ちょいとからかってみよかな。ずいっと距離を詰めて未だ妄想に耽ける彼の頬にキスをした。これにはさしもの悪魔くんも大変驚いたようで。
「なっ……、ななな、なにすんだお前……!!」
顔をトマトのように赤くさせて飛び退く。ちゃんと肩頬抑えて見るやなんて、この子、歳の割にはうぶいな。くすくすと体の奥から笑いが込み上げた。悪魔と言えどそない顔赤くさせとったら怖いもんも怖なくなるで、奥村燐くん。
「なにって、挨拶やけど……。燐くんかておはよーっておともだちに言うたりするやろ? あれと一緒」
「頬っぺにき、きき、キスとかしねえよ……!」
「そこはそれ、うちなりの挨拶やってことで」
「意味わかんねえ……」
「多感なお年頃言うからどんな子ぉ思たら、なんや奥村燐くんってかいらしい子やねぇ」
「はあっ!? 俺は可愛くなんてねえぞ!」
あ、また赤くなった。嬉しいんやな。
「ほんにかいらしい子ぉや」
悪魔の落胤として処分するのが惜しいくらいに。二十一世紀にもなって悪魔の子一人に躍起になる本部も本部だ。アニメや漫画ですら使い古された設定であるし、そこから芽吹く友情物語だってあるのに、祓魔師と宗教という特殊な環境からかあまりにも保守的すぎる。上の価値観が中世で止まったままでちっとも動きやしない。落胤関係なしに、カビの生えた体制がたまに心底嫌いになる。メフィストを迎合したと聞いた時はちょっとは見直したのに。それともそれで満足して動くことを止めたか。襟を緩めて深呼吸する。苦しい世界やな、まったく。
「どうしたんだ?」
爛々と大きな目が二つ覗き込む。それが、自分にはとてつもなく広くて大きい海のように感じられた。一歩誤れば底へ落ちてしまうような、それでいて目を逸らせないような。彼は不思議な子だ。
「なぁんもないよ」
「だあああ!! キスすんな馬鹿……!」
「馬鹿とは酷い言い草やなぁ。女性にかける言葉やないで」
願わくば、彼が新しい風でありますように。
