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初恋リビドー



※前半めちゃめちゃ下品。




いい加減便所に行きたくなってきた。イライラが募るのを自覚しながら時計を見遣ればかれこれ一時間くらい経過していたことに気付く。腰がギシギシ軋み始めたので早く開放してほしい。そしてそのまま便所に行きてえ。


「なあ、いつになったら離してくれんの? 銀さんそろそろやばいんだけど」


「お天道様が見てるよ」


「ちっげえよ馬鹿! 年中盛りついてるお前と一緒にすんな、便所に行きてえんだわ!」


「情緒もムードもないね銀ちゃん」


「一時間も拷問されて情緒を要求するお前に言われたかねえよ」


あー、くそ、まじで腰が痛い。これもそれも全部この女が悪い。遡ること一時間前、神楽と新八に依頼を持ってこいと見送った後にこいつは前触れもなくやってきた。朝も昼も夜も、なんなら就寝中であってもこいつはお構い無しにやってくる。銀さんが二日酔いで寝込んでる時は布団に侵入してくるし、お腹下してる時は無断で勝手場使ってるし、とにかくこいつはヅラ以上に何しでかすか解らない要注意人物である。この前なんかは仕事帰りの俺たちを、我が物顔で出迎えて来やがった。神楽も新八もこいつの性癖に慣れるな!


「つうかまじで離せ」


「やだ」


瞬きする間もなく切り返されておまけに腹に回された腕に力がこめられた。おいてめえ、まじで銀さん殺す気か? 銀さんの膀胱絞め殺す気かよ? ちょっ、まじで力入れんなって、しちゃうから、銀さんしちゃうから!


「いいよしても」


「しねえよ! 俺の尊厳木っ端微塵になるだろうが!」


なんつう恐ろしいこと言うんだこいつは。何があったのか、家に上がったと思えばそれきりずっとこうして俺を抱きしめている。抱きしめるっつうか抱き絞めるだが。背中に当たるのはふっくらと盛り上がったふたつのそれで、胸を枕に仰向けに寝かされている体勢で抱きしめられているために中途半端に腰が浮いて物凄く痛い。せめて膝枕してくれ。切に思うものの口にすることはやめておいた。


「せっかくいいところだったのによお。どっちが勝つか文字通り全霊でウキウキしてた俺の心どうしてくれんだよ」


「ヤる?」


「ヤんねえよ変態」


「使えなくなったの?」


「窓からぶん投げるぞ」


「ヤろうよ銀ちゃん」


「頬を膨らませてもヤんねえよ。ここで盛ってる体力あんなら依頼のひとつやふたつ寄越せってんだ」


「じゃあ依頼。銀ちゃんとヤりたい」


「警察呼ぶか」


俺と同じ歳で俺以上に欲求不満だとは、神楽と新八の奴らも夢にも思わねえだろうな。今だって一回拒否っただけなのに泣きそうな面してやがる。俺を万年発情してる変態とでもこいつは思ってんだろうか、俺だってしたい時とそうでない時くらいあるわ。というかお前がありすぎるんだよ、どんだけ溜まってんだよ。歳か? 歳のせいか? 若いなおい。押し出されるように滲んだ涙は熱に浮かされる瞳を冷ますにはあまりにも不十分で、いよいよ決壊が切れてしまい雨粒のように俺の頬を打ち付けた。ぱちん、水飛沫があがって目を眇める。ったく、相変わらずめんどくせえ奴だ。


「おい馬鹿」


重い腕をもたげて彼女の頬に手を当てる。親指の腹で押し上げるように目元の輪郭をなぞれば、爪の上に雫が乗ってきた。こいつが降らせる雨は雫のひとつまでが熱くて嫌になる。拭っても拭っても勢いは徐々に増していくばかりでキリがない。ガキじゃねえんだから泣き止めってんだ。両手を打つように俺を見下ろす彼女の頬を両手で挟む。ちったあ効果があったようで、見開かれた双眸は雨の勢いを弱まらせた。


「あのなあ、そんな急くことねえだろ? 俺はどこにも行きやしねえんだ。てめえの言葉でゆっくり話せや」


なんでもかんでも行動に起こせばいいってもんじゃねえ。だいたいな、女がパチンコの玉みたくポンポン身を差し出すんじゃねえよ。俺の腹を絞めていた腕がするする身を引いていき頬に宛がった俺の両手に重ねられた。縋り付くように、伝えるように、雪白の指は俺の指と指の間に絡みつく。その手は当たり前だが俺よりも大きく小さかった。


「銀ちゃん」


「なんだ?」


「あのね」


「おう」


「好き。大好き。愛してる」


ほんとうに、と付け加えられる。止んだと安堵していた雨は頃合を見計らって降り始めた。ぽつ、ぽつ、と俺の頬を優しく撫でて輪郭をなぞり首元を濡らしていく。人並み以上に美味い料理を作るくせに、その料理人は人並み以上に不器用ときた。すぐヤろうとするなんざとんだ大馬鹿者だなお前は。


「俺も愛してるよ」


お前が俺を愛する以上にお前を愛してる。溢れんばかりの気持ちを両手で抑え込んでるその肩は痙攣するように跳ねて、俺だけを映す双眸は決して消えない情欲に燃えている。好きの代わりに行動するそんな一面すら、俺はどうしようもなく愛おしいんだ。だからこの馬鹿を喜ばせるためにももっと傍で好きと言ってくれや。彼女の後頭部に手を回して可愛らしい唇に口付ける。