私の学校にはそりゃあもう凄いカッコイイ先生が居る。何故みんながキャーキャー持て囃さないのか、全く解らない。
「はっ!もしかして、かっこよすぎてできないとか?」
「貴女が馬鹿なだけです」
パシッと頭に教科書の背表紙が降ってきた。こつん、といい音が鳴る。何故か先生はその音に「いい音ですね」なんて言って満足気に笑っている。解せぬ。
「先生が、こんな幼気な少女を手のひらで翻弄するのが悪いと思うんです」
「戯言薬でも飲んだかのような狂言ですね。もし『戯言授業』なるものが存在するとしたら、貴女をまっさきに推薦します」
「認めてくれるんですか?」
「嬉しいんですか?」
「はい!」
普通尊敬する先生に認められると捺印を押されれば、喜ばしい出来事のはずで、私はそのとおり喜んだだけなのに、再び頭上に本が降ってきた。先生ちょっとバイオレンス過ぎませんか? 私でなければ額から血が流れますよ、これ。私をざつ、こほん。友人のように接するこの方は、闇の魔術に対する防衛術の教授であるレギュラス先生だ。細身で色白であり、その上黒目黒髪といういかにも紳士そうな風貌と雰囲気を持つ。当然ながら一介の生徒に過ぎない小さな娘よりも背丈は圧倒的に高い。常に敬語で物腰も柔らかく丁寧に接するためか、生徒からの人気は高い。そりゃあもうホグワーツ城の天井に届くくらいの人気っぷりだ。
「そういえば先生。この間ハッフルパフの女子から貰ったチョコってどうしました?」
「ああ、あれですか。勿論捨てましたよ」
「勿体ないことしますね」
「マグルの物を食べないといけないほど、飢えた環境に居ませんので」
だけど本性はマグルを嫌う純血主義者である。教師という公平な立場にある以上、それを矢面に立たせはしないが、内心は嫌っているよう。曰く「皆さんは公平が好きですから」とのこと。本音は多分面倒事に関わりたくないのと、名に泥が付くのが嫌なんだろう。それの片鱗も伺わせないのだから、スリザリンの社交性は侮れない。かくいう私もスリザリンなのだが。
「先生、いつになったらこの羊皮紙にEが付くんですか?」
「Eに値する内容を書けば、差し上げます」
頑張ってるつもりなんですけど。まだ足りないんですか? 私次マクゴナル先生の授業なんです。遅刻すると容赦なく減点してくる、あのマクゴナル先生なんです。あのあの、できれば全ての授業が終わったらでいいですか? いえいえ、決して先生との授業が嫌というワケじゃないんです。ええもちろん!私の名前に賭けて言えますとも!でも、あの、遅れると寮の点数が。
「では、夕食時に来てください」
「え? 先生はどうするんですか?」
「当然貴女の監視です。生徒を教師の部屋に一人置いて大広間に行っては、何かと面倒な噂を流されかねないので」
先生ってばそこまで私を案じてくれるなんて。先生って口や手では素直じゃないのに、心の中では私を心配してくれるんですね。なんてお優しい。先生みたいな教師に勉強を教わることができて、光栄の至りです。思わずうっ、と涙が出るところだった。我慢した私偉い。ですよね?
「って、そんなことしたら先生の食事時間が無くなるじゃないですか。駄目ですよ絶対。いくら私が心配だからといって食事を疎かにするのは駄目です。だから先生少し力入れたら折れてしまうんじゃないかってくらい細いんです」
先生を案じての言葉だったのに、何故か「あんたマジか」みたいな顔をされた挙句「貴女には一体どの薬を飲ませれば正気というものが戻るんですか?」と、割と真面目な表情をされて聞かれた。あれ? 私なんか変なこと言いました?
「私はそこまで弱くも細くもありません。それを言うなら成長期にある貴女こそよく食べるべきです。成人した大人の心配をする余裕があるのなら、今Eを採るか、夕食時にここへ来てさっさと採るか、どちらかに集中してください」
なるほど。先生の恋人たるもの、Eすら採れないのなら名乗る資格はないということですね。解りました先生。先生とのラブラブハッピーライフを送れるべく、私、頑張ってOを採れるようになります!
「生徒に興味はありません」
ぴしゃりと窘められたが、それは素直になれないという乙女チックな恥じらいというものと捉えていいですか? そんなに白眼視をされたら流石の私も気が引けてしまいます。え? それでいい? 何を言っているんですか、私は先生の恋人なんですから、これくらいではへこたれません。似合わない? 釣り合わない? で、でもっ、諦めませんよっ!?がっ、頑張ります!
「今度こっそり先生の紅茶に惚れ薬を混ぜてみようかな」
「そんなことをしたら貴女で磔の呪いを試しますよ」
「冗談の仕返しが怖いです先生」
「では私も冗談です」
「では!?も、もも、もし私がほんとにしたら、磔の呪いにかけるってことですか?」
震える質問に、先生は恐ろしいまでの美しい微笑みで返した。どうしよう。今は別の意味で心臓がばっくんばっくんしてます先生。こ、これが恐怖!?
「いつまでここに居る気ですか? 貴女が言ったんでしょう、マクゴナル先生の授業に遅れたくないと。もたもたして居ると十点減点されますよ」
「ああっ、そうでしたっ」
ピンクやレッドなど様々な色で美しく育った薔薇や、雨上がりの雫を垂らす紫陽花や、太陽の光を遺憾無く浴び高々と成長した向日葵でさえ霞んでしまうほどの、艶麗で思わず息を止めてしまうくらい美しい先生の微笑みに見とれている場合ではなかった。先生も罪な方ですね。私という右も左も分からない、恋のイロハも知らない純粋無垢な生娘を、整えられた爪といい格段に角張っているわけでもない、傷一つすらない細くて長い指の中で容易く翻弄し思考を奪っていくのですから。
「それだけ考えられる思考と語彙を活かせば、こんな宿題もOを採れるでしょう。つくづく頭の残念な生徒ですね」
「男性は守られる女性を好むと聞きましたが、先生は違うんですか?」
「誰に聞いたかは知りませんが、言おうとしなくて結構。恋だの私だの現を抜かすよりも、一つでも多くのOを採ることに力を注いでください。私の恋人を名乗るからには最低十二のOが要りますよ」
「先生っ!ついに恋人を認めてくれたんですねっ」
「貴女の向上心を煽るために言っただけで本心では」
「私嬉しいです!すっごくすっごく嬉しいです!十二個のOがなんぼのものです。すぐにでも十二個のOを採ってきますね」
「まずは人の話を聞いてください」
「先生先生、私ずっと先生のものですよ!」
「いえ結構です」
こうしては居られない。フレッドやジョージに言って祝ってもらおう。ハリーやハーマイオニー、ロンだって喜んでくれるはず!やめておけだなんて言ってきたスネイプ先生だってこれを知れば思い知るはず。恋の前に先生生徒は関係ないと。だいたいスネイプ先生は卑屈過ぎなんですよ。ね? 先生だってそう思いませんか?この前だって私が先生を好きになったと言った時なんと言ったと思います? 「ホグワーツの教師が生徒に現を抜かすなど有り得ん」ですよ? 酷くないですか? 生徒だからって必ずしも眼中に入らないとは限らないですよね。過去に何があったかは知りませんけど、現にレギュラス先生は私を好きになってくれました。これでもうスネイプ先生に有り得んなんて言わせませんよ!
「いえ、スネイプ先生の言うとおり有り得ません。私は貴女を好きと言ったわけでは」
「あっ!ごめんなさい。もう行かないといけないので、また夕食時に話しましょう」
「人の話を聞きなさい」
「大丈夫です!夕食時にたっくさん話せますからっ」
「そういうことではなく、貴女のことだから誤解をしたまま広めるでしょう。それを阻止したいだけです」
「誤解? なんの誤解ですか? まさか先生」
はっ、となり口を両手で覆う。先生は「そのまさかです。ようやく解っていただけましたか」と肩を竦ませた。先生!先生先生先生!私、そういう意味とは知らず、一人ではしゃいでしまいました!そうですよね!あのレギュラス先生ですもんね!恋人で満足するわけありませんよね。そうとは知らず恋人で喜ぶだなんて私、先生の言うとおりまだまだ未熟かもしれません。ですが、先生が私の一生を欲しがるのでしたら、勿論全て差し上げますよ!お返し、ですか? いえいえ、とんでもない。いくら未来の妻だからと言って高望みするつもりはありません。先生は私に要求すればいいのです。私はそれにせいいっぱいお応えしますね!
「私、もっと頑張りますっ」
「はい?」
「ブラックという苗字に相応しくなるために、まずは料理から始めた方がいいんですかね? でも掃除が最初? むむっ。花嫁修業がこんなに難しく険しいとは知りませんでした」
「どう歪曲したらそう理解するのか知りませんが、そんなこと一言も言ってませんよ」
「あ、ほんとにやばい時間ですね。そろそろ行きますねっ」
「待ちなさい」
「ではっ!ダーリンッ」
これやりたかったんですが、いざやるとなると結構恥ずかしいものですね先生。なんだか頬が熱くなってきました。きゃーっ、そんな近くに来ようとしないでくださいっ。私の心臓がキャパオーバーして破裂してしまいます。そんなに迫らなくても夕食時には治ってますから、その時たくさん未来を語りましょうね先生!そう言い残してダーリンことレギュラス先生の居る教室を名残惜しさ半分嬉しさ半分で飛び出した。
「それこそ冗談でしょう」
マクゴナル先生に言ったら目を丸くされ、フレッドとジョージに言ったら「これぞまさに棚からぼたもちってヤツだな!ジョージ」「今度実際にぼたもちが落ちるイタズラグッズ作ろうフレッド!」と、何故か茶化された。夕食時、先生に呼ばれたから夕飯は要らないと言えば、噂が星よりも早く伝達していたようで、ドラコに「いいか。まだお前は未成年だ。節度の付き合いをしろよ? あのレギュラス先生が貧相な奴に手を出すほど愚かな人だとは思わないが、万が一の時にはちゃんと身を守れよ」だなんて言われてしまった。あのドラコが一人前に人を心配するなんて、これもきっと先生と私の愛が呼んだ奇跡ってやつですね!流石です!
そんなふうに浮かれていた私と噂を知った全校生徒に、この騒動は、私に戯言を吹聴し回る闇の妖精が取り憑いたことが原因だと、レギュラス先生が大広間でソノーラスを使って知らせた。ええ? そうなんですか? 先生。あの時先生は闇の妖精なんて部屋に置いて無かったですよね? そう言おうとしたら、剣よりも鋭くディメンターよりも冷たい視線が殺傷能力を付随して送られてきたので、私は唇が解らないくらいに口をきゅっと結んでその場を赤べこに徹してやり過ごした。
「一連の騒動は私の監督不行届が原因です。彼女は私が責任を持って治しますから、出回った狂言はどこぞの妄言者が吹聴したのだと思って、流してください」
狂言とはまた失礼ですね先生。いいです。先生がプロポーズを無かったことにするんでしたら、今度は私からしてみせます。なので、取り敢えずその「後で覚えてろよお前」みたいな怖い視線を送るのはやめていただけませか?