画像

馬鹿も一周回れば愛らしい



どかん、というけたたましい破裂音に研究を順調に進めていた手がぴたりと止まる。呆れた溜息が出た。またか、と。遣る方無い心情で部屋を出、音の方へ歩いていく。辿り着いた部屋を見て再度の溜息が零れた。黒い木製のドアをノックする。


「入ります」


「わ、ちょ、だめっ……!」


扉を開けて飛び出してきたのは黒光りする閃光だった。下手したらかのニンバス1000よりも速いかもしれない。不意なことで驚いたがひょいと避ける。それはそのまま僕の後ろの壁に激突して、スライムが潰れるような音を発した。潰れたかと考える間もなく壁の染みは動き出す。目を凝らしてみればそれは黒光りする蛙だった。くるりと回って僕目掛けて突進してきた。そそくさとローブから杖を取り出して先を向ける。上手く捉えることができればいいが。


爆破エクスパルソ!」


心配も杞憂で、呪文は見事黒い閃光にぶつかった。ぱちぱちと火花を瞬かせながら黒い蛙は燃え上がって、やがて灰となってぱらぱらと舞う。喧噪の原因が消えて静かになったと思えば人が咳き込みながら部屋から顔を出した。


「いやぁ、助かったよレジー。私ひとりじゃ捕えられなくてさぁ。参った参った」


「何事ですかこれは」


立ち入り厳禁と殴り書きされたボードがドアの上で揺れる。出てきたのは助手の女性だった。羽織った白衣は煤に汚れ、顔にもそれは飛び散っている。あまりにも咳き込むので、答えはしばらく待つことにした。ふう、と一息ついた彼女は改めて僕を真っ直ぐ見て口を開く。一体今度は何を作ろうとしたのか。


「言うこと聞いてくれる手下を作ろうと、あの黒い蛙に特製の薬を飲ませたんだけど、まーこれが失敗しちゃってね。部屋中飛び回るわ、棚を倒しまくるわ、書類を汚しまくるわで。もう大変だったの」


「馬鹿なんですか?」


「成功に失敗は付き物だよ、レギュラス先生」


どうやったらあんな猪みたいな蛙を作り出せるのか、全く解らない。それに使役させるだけなら服従の呪文でもかければいい。禁術ではあるが。あまりの滑稽さに自ずと言葉が滑り出てしまった。冷ややかな視線を浴びても彼女は煤塗れの顔でへらへらと笑っている。どうして彼女のような人材を僕の助手として宛がったのか、校長を強く詰問したい。肩を竦めて彼女に言う。


「ここは貴女以外の先生も使う準備室です。幸いにも今は講義ないので誰も使用しに来ませんが、破損した備品や使えなくなった薬草の再調達は貴女の義務です。見たところ希少品は無事なようなので、欠陥した物を今すぐ補充しに行ってください」


「えっ! で、でも研究が……」


「床に散らばっている僕が集めたハナハッカやニワヤナギはどうしてくれるんですか?」


「そ、それは……」


「問答無用。今すぐ、行ってください」


言い切った僕に、彼女はあれやこれやと逡巡していたがやがて観念し「……はい」と項垂れた。とぼとぼと廊下を歩く彼女の背中を見て再度の溜息がこぼれる。凡才にして凡庸。取り立てて長所のない凡人。彼女の能力値は「普通」を極まった人物であるのに、その破天荒な性格によって僕は毎度毎度彼女が引き起こす天変地異に巻き込まれてしまう。助手だからと言ってこれは管轄外だ。幼児の世話なんて仕事は請け負っていない。

だのに、なるほどどうしてこうも心を躍らされるのか。ブラック家に生まれ不出来な兄に代わって僕は当主となった。才能だって彼女とは雲泥の差。品位も成績も、それこそ周囲の評判とて、どれを取っても彼女は僕と並ばない。だけど確かにそれは僕にも言えることだと、気づく。彼女が僕になれないように、僕も彼女にはなれない。あんなふうにきらきらと純粋に研究はできない。きっと彼女は、誰よりも魔法に忠実に、そして純粋に向き合っていると言えるだろう。だからだろうか。彼女の作品から目が離せないのは。