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刺激?それも愛です



今日は年に一度のハロウィン。そして彼の、Lの誕生日でもある。事件以外の関心がまるでない彼の誕生日ともあって私は一ヶ月前からだいぶ気分が上がっている。だってあのLの誕生日だよ? サプライズパーティでもしたらあの仏頂面だって少しは変わるかもしれない。そんな子供じみた淡い好奇心を胸に、今日は朝から自分の家を飾り立てしていた。


「美味しいって言ってくれるといいんだけど」


ここだけの話、実は菓子作りは今日が初めて。料理は自立している以上自炊は欠かせないから人並みにはできるんだけど、お菓子作りは手間もコストもご飯以上なので作ってこなかった。Lの誕生日だっていつもは簡素なメッセージとちょっと奮発してお高めなお菓子を贈呈している。


「うーん、なんて書こうかな」


ネームプレートにチョコレートのペン先を向けたまま思案する。今までお菓子作りに手を出さなかった私が今年になって手を出した理由。単純と言われればそれまでだが、友人の話という惚気を聞いているうちにその気になってしまったのだ。曰く「手作りのクッキーをあげたら彼氏がたいそう喜んでくれた」と言った友人にすっかり当てられてしまった私は、早速ケーキ作りに着手したのである。料理ができるとは言えスイーツに関してはド素人なわけで。店で売られているような立派な物は端から諦めている。でもそれなりの物は作りたいので、お高めなお菓子の代わりに今年はケーキ初心者向けのキットを購入し、小さなホールケーキをプレゼントすることにした。


「よし。ここは無難に『誕生日おめでとう』にしよう」


華やかな英文を描こうかとも思ったが、最終学歴での英語の成績の惨状を思い出してやめた。調べて書こうとも思ったが、それはネームプレートの買い直しを意味する。手に馴染む漢字を用いてゆっくりとチョコを垂らしていく。生クリームを泡立てた時や絞り出した時以上の神経を使ってる自信がある。目が痛くなるくらい集中してなんとか書き上げた。


「おおっ! 我ながら上手!」


ホワイトチョコのネームプレートにはそこそこ綺麗な文字が羅列している。でもLならこれを「金釘流な文字ですね」とか言いそう。言われたらそこはそれ、手足拘束してその前で私がケーキを完食してやるまでのこと。あとは冷蔵庫で冷やしてある小さなケーキに飾るだけ。蝋燭も買おうかと思ったけどやめておいた。数字の蝋燭を立ててしまえば苺を並べるスペースが無くなってしまうからだ。ケーキの固まり具合はどうだろ。ネームプレートから目を離した時だった。


「へにょへにょ文字ですね」


「うわぁあっ!?」


耳元に囁かれた低音ボイスに驚いて、思わず声を荒らげてしまった。間近で立っていた人物の耳への衝撃は大きなもので、その人物は眉間を寄せて「うるさいです」と一言。目がこぼれ落ちるんじゃないかってくらい見開いて私は指を突き刺す。


「あっ、あんた! なんでここに!?」


キッチンに立っていたのは今日という日の主役ことLだった。相変わらずの出で立ちと表情。さっきの顰蹙も秒で無表情へと変わっていた。私の驚きようを見ても彼は少しも悪びれないし、逆に驚きもしない。真っ黒な目は私を映す。


「仕事が終わったので来ました」


「どうやって入った!?」


「どうって。合鍵ですよ」


「あっ」


ポケットから銀色のそれを摘んで見せられ、私は思い出す。そうだった、だいぶ前に渡したんだった。彼は事前予約無しに来訪したり、一言も言わず帰ったりするので鍵を渡した。以前何時間も部屋の前で待たれたことがあったから。


「そうだった」


「酷いです」


「あんたが全然来ないからでしょ」


二年ほど前までは数ヶ月に二、三回というペースで来ていたが、今じゃ年単位で一回や二回だったりする。中々顔を見せないのでここ最近は私の方から彼が泊まっているホテルに赴いている。とは言っても私が仕事で疲れていなくて、尚且つ彼が認可した時だけだけど。今はそんなことは置いといて、だ。深い溜息を吐きながら項垂れる。


「折角のサプライズパーティが台無しだ……」


そう、今はそれだ。来るか解らないけど来たら嬉しいなという彼のためにサプライズを画策していたのに、まさか呼んでいないうちから来てしまうとは。でも呼んでいないのに来るのは今に始まったことじゃないし、落ち着いて考えたらどだい無理な話だったのかもしれない。一ヶ月の時間を返せ、パンダ。全ては徒労というわけか。


「いえ、サプライズパーティは成功ですよ」


「はあ? どこがよ。バレちゃってるんだけど」


「サプライズというのは対象者が驚けば成功だと聞きました。その点においては成功です」


「えっ。てことは何? あんた、驚いたの?」


「はい」


不覚ながら、と最後に付け加えた。悔しさは滲み出さなくていいから。負けん気の強い一面に呆れながらも、でも驚いたという当初の目標が達成された嬉しさは隠せない。


「だったらもっと驚いたって顔してよ。顔のレパートリーが少ない人ね」


「失礼ですよ。表情筋が固いだけです」


「笑わないからでしょ!」


なんて返せば彼は「こんなふうにすれば満足ですか」とか言いながら頬の筋肉を指で押し上げるものだから、出来上がった変顔に堪らず噴いてしまった。声を上げて笑う私に半目で睨めつける彼だが、あの顔で笑うなは厳しい。というか無理。笑っちゃうって。鏡で見てみろっての。ひとしきり笑い転げた私は、生理的に浮かんだ涙を拭って呼吸を整える。


「笑いすぎです」


「ごめん、私が間違ってたわ。そのままでいいよ、そっちの方が面白いし」


「私はピエロじゃないのですが」


「ピエロより余っ程笑えるからいーの」


変に人並みに寄せたり、普通を装ったりしなくても彼は十分面白かった。事件一辺倒なあのLにこんな才能があるとは。気づかなかった自分が馬鹿だ。彼の誕生日に彼の新しい一面が知れたなんて、まるで私の方がプレゼントを貰った気分。びっくりさせて仏頂面を変えようという目標は、かなり遠回りになるけど一応完遂された。望んだ反応じゃなくてもいいや、彼が楽しそうだし。私も楽しいし。口数は相変わらずだが、いつも以上に浮き足立っているのが解る。これは友人の勘というやつかもしれない。ネームプレートを、さながら事件現場で発見された凶器のように様々な角度から見つめ回す彼に私は言った。


「誕生日おめでとう」


「ありがとうございます。ケーキはありますか」


「子供か! ちゃんとあるよ、椅子に座って待ってな」


図体の大きな子供をキッチンから追い出して冷蔵庫を開ける。二段目にあるのは白いホールケーキ。やっぱり素人感は隠せなくて、ホイップの間隔が狭かったり広かったり、生クリームのナッペなんか所々汚かったりする。苺を飾ろうと思ったが、バレてしまったんだし彼にやらせよう。苺を小さなボウルに入れてケーキと一緒に彼の元へ運ぶ。ねえL、あんたと顔を合わせるのはほんとうにごくごく稀のことだけどさ、口ではあんな態度取りながらでも内心結構気を配ってたりするんだよね。絶対言ってやらないけど。だからあんたにとってこの一年が驚きと幸福と、ちょっとの刺激に恵まれますように。こういう時は幸せに恵まれますようにとかが定番だろうけど、それだとあんた、今以上に表情筋が固くなりそうだから。そうだ、なら来年も手作りのケーキで驚かせてみせようか。それならいい刺激になりうるのかもしれない。









HappyBirthday dear L lawlIet.
2021.10.31.