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時間の有効期限



むさ苦しい男集団の暁に入ったからって女を諦めたわけじゃない。いやまあ、ある程度の末路は予想してるから一般人のような幸せ満帆な家庭は描いてない。だけど私は私なりの女の幸せ像ってものはある。


「ナンパされたい」


そう、人生で一回でもいいからナンパされてみたい。髪の長さは問わないから、できれば長髪の方がいい。爽やかで、紳士で、背が高くて、低い声の男性にロマンチックな言葉で。


「無理だろ、うん」


「頭打ったか?」


「お前らなんて嫌いだ」


リーダーから任務を言い渡されていないので今は暇を持て余しているこの身。しばらくは休みらしいので、せっかくなら街に行ってみようかな、なんてことからナンパに繋がったわけだが、なんだこいつら。人の夢を馬鹿にするんじゃない。女の華は一瞬なんだぞ。と言ったらデイダラが「つまり爆発か!うん」なんてロマンもへったくれもない馬鹿なことを言い出す。飛段なんか「お前の身体じゃなぁ」と残念そうな目で一蹴した後飽きたようでほか事し始めた。飛段お前まじでぶっ飛ばすぞ。


「だってさー、小南ならともかく私は今しかないんだよ。可愛いね、綺麗だねくらい言われたいの!」


「俺の芸術ほどじゃないが、可愛いなうん」


「角都より綺麗なんじゃね?」


「シャラーップ!!」


なんて適当なのお前ら!ありえない、女の子の一大事を、そんな母のうるさい小言みたく流すだなんて。だから彼女のひとりもできないんだよばーか。もうダメだ、こいつらにそんなもの期待しちゃ。よし、下町散策しよう。殺意だの怒りだの一切を振り払うように勢いよく立ち上がると、粘土を捏ねることに勤しんでいたデイダラと、暇だ暇だと欠伸をついては涙を流していた飛段がこちらを見上げる。


「ナンパされるまで帰ってこないから!」


笑われるのは目に見えていたので、何か言われる前に拠点を飛び出したのだった。青々と生い茂った山道を下ること半刻。ようやっと石畳が見えてきた。わいわいと栄えるここはどうやら観光名所のようらしい。辺りを見回す人や家族連れ、中には恋人も見えた。人の熱気に紛れてラーメンの香りも漂ってくる。あ、こっちからは定食屋の匂いだ。甘い匂いもする。湿った洞穴を拠点とするあんな場所の近くにこんな活気溢れた街があるなんて思ってもみなかった。これは、これはいけるかもしれない!めらめらと好奇心の端に火がついて燃え上がっていく。こんだけ人が居るんだから、誰か一人はきっとナンパしてくれる。……はず。


「まずは腹ごしらえしないとね」


腹が減ってはなんとやらだ。無難に定食屋にでも行こうと足を運んだ。定食屋と言っても里にひとつだけではないようで、ぶらぶらと散策しただけで何軒も遭遇した。しかもご飯、主菜、副菜、漬物、味噌汁を含めて値頃ときた。任務内容の割にブラックな賃金なので正直とても助かる。私はほくほくとした顔で一軒の定食屋から出た。


「美味しかった〜。久々にゆっくり食べた気がする」


サクサク衣のカツ丼、縁があったらまた食べたい。もはや一欠片の食べ物も入らない腹に満足しながら次はどこに行こうかと逡巡する。せっかく街に来たんだし服見てみようか、新調したばかりの服はヘマしたせいで見るも無惨な布切れとなってしまったし。忍も見かけたから忍具もあるかも。何かが頭から抜け落ちていることも気づかずに私はひとまず視線の端に捉えた呉服店に行くことに決めた。


「少し、いいですか?」


「はい?」


肩に手を置かれ引かれるように振り向けば、見知らぬ男性がひとり、私を見て立っていた。「何か?」と首を傾げたら彼は弾かれたようにしどろもどろに動揺し始める。その瞬間、私の脳裏に電撃が走った。もしやのもしやでは? 本来の目的がようやっと思い出される。この男性の反応、確実にナンパだ!脳裏に浮かんだ岩肌に寝転がってる馬鹿二人にどんなもんだいと胸を張ってみる。

ほらみなさいな、ナンパされるくらいは可愛いんだよ私って。よくよく見ればこの男性、私の好みどストライクだ。長すぎず短すぎない髪、丁寧な言葉遣い、私を越す身長、周りの雑多に掻き消されない低い声。まさに描いていたとおりの男性!自然のうちに肩に力が入ってしまう。ふふ、そんな照れなくてもちゃんと了承するから。とく、とく、と脈が速くなる。


「俺と一緒に」


「こんな所に居やがったのか! ったく、手間取らせやがって」


いい雰囲気を破り捨てるがごとく割り込んだのは、黒い空に紅い空模様の衣をまとった飛段だった。その後ろには同じくデイダラも居る。思わぬ伏兵に驚いて絶句する。声をかけた男性は二人に驚いて、というよりも飛段が背中に携える大刀を見てすっかり血の気を引いてしまっている。今にも逃げそうな物腰だ。


「飛段もデイダラも!なんでこんな所に居るのよ!」


「わざわざ迎えに出向いてやったんだから喜べ、うん」


「はあ? 誰も頼んでないでしょ」


わけの解らないことを並べるデイダラに言い返していれば、飛段の腕が肩に回され無理矢理回れ右された。おい待てや飛段。私の夢が叶う一歩手前なんだぞ、ちょっと!抗っても飛段の腕はびくともしない。引っ張られるように歩き出してしまう。追うようにしてデイダラも歩いてくる。え、なんなの? まじで意味わかんないんだけど。何がしたいの? 肩越しに振り返ってみれば声を掛けた男性は意気消沈した様子で肩を落として去ってしまった。今度こそ肩に掛けられた飛段の腕を強く払う。


「あと少しで夢が成就するところだったんだけど!」


「あー、ナンパだっけか? んなくっだらねぇことに執着してないで、ジャシン教に入教しろって。そしたら毎日が楽しいぜ」


「既に最悪だよ、どうしてくれるの」


「しゃあねえな」


飛段を睨む私にデイダラは「そら」と白い包みを差し出す。何やら丸くて湯気が立ち上っている。爆発寸前の起爆粘土?と訝しむ私に、半ば押し付けるようにして持たせた。


「……饅頭?」


包み紙を剥がして出てきたのは、温泉印がついた桜色の饅頭だった。微々たるものだが葉っぱの涼しい香りもする。デイダラが「これやるから機嫌直せ、うん」と言うものだから、思い切って食いついた。ふにふにと柔らかい生地が舌の熱と混ざり合って口の中で転がる。中は白餡が詰められていた。控えめな甘さに、先程の憤懣ふんまんはどこか、気づけば私は破顔していた。


「美味しい!」


「んな美味いのか? ちょっと食わせろ」


「やーだね、自分で買いな。あ、デイダラには少しあげる」


「はあ!?ずりぃぞ!」


「人望の差ってヤツだな、うん」


私の思い描く女の幸せ像を掴みに来た街で得たものは、それはそれは美味しい温泉饅頭でした。終わりよければすべて良し!