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貴方と居ると世界が輝く



世界はいつだって諸行無常なのだと、かつての親が教えてくれた。ひとつの命が産まれることは、ひとつの命が殺されることであると。だからだろうか、私が親に手放され他人の元で生きていくのはつまり親が死にたくないから私を殺したというのか。手元にあるのは今や穴の空いた麻布の服だけ。親の言葉をぐるぐると考えても全て「私が弱いから」の答えに行き着く。諸行無常。それは強い者は生き残り、弱い者は殺されていくということ。だから力を願った。私は生きたいのだ、こんなところで死にたいわけじゃない。生きていくために力が欲しい。もはや同じに見える夜空に何回、何十回と祈った。だけど結局天は何も応えてはくれなかった。やがて髪が伸び子供用の服が窮屈に感じた頃、私が行ってきた非道の数々の罰が下されたのだ。

その日も私は売られた先の輩と共に強奪、強盗、殺戮を作業的に遂行していた。泣き叫ぶ子供を刺し、我が子を守らんとする母を刎頸し、子供が隠れている家に火を放つ。悪逆の限りを尽くして残ったものは血の匂いすら隠してしまうほどの焼けた死体の悪臭だった。赤に包まれた村を出て私達一行は拠点へ帰還するために山道に踏み入った。筋肉という筋肉が屹立した男共の下卑た笑い声に頭を下げ、鉛のように重い足を動かしていたら途端に先頭からけたたましいほどの悲鳴が鼓膜を劈く。泰然と構えていた一行に私含めてどよめきが波及する。急いで対陣を組もうとも野太い悲鳴は止む所か徐々に後列に近づいてきた。剣を掴む手の震えが止まらない。

もしかして私は殺されるの?死ぬの?輪郭さえ見えない敵に強い恐怖と焦燥を感じた。喉元に迫り上がる震えは歯を鳴らす。とうとう私の目の前に立っていた巨漢が血飛沫を散らして横へ倒れた。私の前に立つのはひとりの男だった。今しがた殺された男よりもずっと背丈の低い男。だが私を見下ろす双眸はあんな男よりもずっと冷たくて鋭くて、恐ろしい。紅い双眸を見てさっきの村が思い起こされた。ああ、これはきっと罰だ。天が下した私への罰。きっと殺される。私なんかではこの人には勝てない。かたん、なけなしの防衛心によって携えていた剣が呆気なく地面に落とされる。死にたくない。ダメだ殺される。私はここで。

嫌だ嫌だ、生きたいのに。膝が震えて立っていられない。悲鳴も鉄が擦れる音もない静寂。その中で心臓の音が一際目立った。今に殺されるだろう。やってくる痛みに目をぐっと閉じて待つ。すると頭上から降ってきたのは温度のない声だった。


「生きたいか」


殺されるとばかり意気込んでいたものだから、話しかけられたということに気づくには少し時間がかかった。鈍重と言われた思考回路を必死に動かして彼の言ったことを理解する。生きたいか、そう問われた。恐怖に締め付けられた喉を叱咤してたどたどしい言葉を紡ぐ。


「生きたい」


情けなくも自分の頬を雫が濡らした。生きたい、生きたいんだ。産まれたからには生きたい。


「力を欲するか」


「生きるためなら」


未だ震えが止まらない私を見下ろす男に殺すために動く気配は感じられない。すると地面の上で死体として伏臥していた巨漢が地の底から這い出でるように呻いた。なるほどどうやら辛うじて生きていたらしい。巨漢は立ち上がろうと腕に力を入れ始める。それを静観していた男が私に言い放つ。


「その剣を取りこの男を刺せ」


どくん。心臓が今一度大きな波を打つ。この男を殺す、立ち上がろうと藻掻くこの男を、私は殺さないといけない。行動を急かすように俯瞰する男は剣を手に取り腰を抜かして動かない私の前に突き刺した。びく、音に肩が跳ねる。


「女子供を殺して仲間は殺せないか」


殺しに抵抗する私を男は嗤笑した。私はずっと殺してきた。あの村だけじゃない。色んな村で色んな人をこの剣で突き刺してきた。殺さないとこの男達に殺されてしまうから。自分が生きるために。この身体に返り血が飛び散ることも慣れたはず、なのに手は竦んで動かせない。


「お前が生きたいのなら男を殺せ」


裏をかけば殺さないと殺されるということ。これは脅しじゃない、宣言だ。生きたい、私はどうしても死にたくない。だから殺さないといけない。手を伸ばす。柄を握り締める。四つん這いになった巨漢の傍に佇む。いつも以上に振り上げた剣が重く感じた。生きようと喘ぐ男を殺さないと私が殺されてしまう。だから私のために死んでくれ。ふっと心を締め付けていた鎖が解かれた気がした。ざく、肉を裂いて貫いた感覚が伝わってきた。これはいつも感じていたそれと全く一緒のもの。剣が刺さったままに男は力を失ってやがて地面に伏した。今度こそ指ひとつも動かない。男は立ち竦む私に踵を返した。


「行くぞ」


「はい」


死体を踏んで背中を追った。世界はいつだって諸行無常だ。何かが産まれたら何かが死ぬ。何かが生きるために何かが殺される。私はこの世界で生き残りたい。たとえどんな犠牲を払おうとも、生きなければならないのだ。その先に私が産まれた理由があると信じて。