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それに気付く時



※あくまで友情。









私には腐れ縁の奴が居る。泣き虫で弱くて陰気な奴。そのくせ人一倍意地っ張りときた。諦めろと諭しても頑迷に聞き入れず、後方に居ろと止めても聞き入れた事例がひとつとしてない。全く、彼女の護衛に着かされた私の気持ちも考えてほしいものだ。大体彼女は木の葉で一、二を争うほど強い瞳術を持つ日向家の息女である。実力主義の実家では冷遇されたとしても、一歩外に出れば家の内情問わず氏だけで厚遇される立場なのだ。日向家の血継限界を他忍の手に渡らせないために、私という護衛が幼き頃から着いている。だから彼女は四の五の言わず私に護られて居ればよかったんだ。だというのに、目の前の現実はなんだ。寝台の上で横たわるひとりの幼子。私と同じくらいの背丈で、私より弱くて、私が護るべきだった人。その彼女が手に包帯を巻いて床に伏せている。取るに足らない護衛ひとりを庇って怪我を負うなんて、彼女は一体何を考えているんだ。

本来彼女を護るのが私の役目であってその逆はない。いや、あってはならないのだ。それは彼女も再三言われ続けてきたしきたりのようなものであり、言わば日向家の掟のようなもの。理解していただろうに、けれども現実は真逆を物語っている。体術も瞳術も、勉強も私より劣っていて非力でか弱い女なのに、何故私の前に躍り出るようなことをしたんだ。あの時出て居なければ怪我を負うことはなかったのに。膝の上に置いた手に力が入った。手のひらに爪が喰い込む痛みなど、喉元に込み上げる嫌悪感に比べればなんともない。弱いくせして無茶をするからそうなるんだ。嗤笑しても今は全く気が晴れない。胃袋に熱い溶岩を流されたような気分だ。ふつふつと形容し難い燃えるような感情が沸騰する。己を焦がしてしまうほどに。目に痛いほどの白い布団がもぞりと動いた。それだけで己の内側で燻っていた嫌悪感が弾け飛ぶように消えた。椅子に追い出されるようにして立ち上がる。声を出すことはできなかった。彼女が口を開いたからである。


「怪我は、ない?」


いつにも増して掻き消えそうなほど掠れて萎れた声だった。私が首を横に振った次の瞬間、包帯が巻かれた手がうずいて彼女は喘ぐように短い悲鳴を漏らす。医療忍者が施術したとはいえどうやらまだ毒気は完全には抜かれていないらしい。手が再起不能になる最悪は免れたとはいえ、毒による痛みはしばらく続きそうだと、それを俯瞰した私は読み取る。ぎりっ、苦々しい薬を歯で磨り潰したが如く顰蹙する。あんな雑魚が隠し持っていた毒程度でへばるほど非力なのに。稽古で私に勝てたことなんてないのに。いつも実妹と分家の秀才と比較され落胆され続けたのに。なのにどうして私なんかを。霧散したと思われた胃袋に少しづつ吐き気を催す不快感が塊を成して溜まっていく。己の視界に細い手が滑り込んできた。それは私の丸い拳を遠慮がちに覆う。


「無事で良かった」


目を細めてやんわりと微笑む。外傷などないのにその笑顔は傷を負っているように見える。なのに自分は大丈夫だと謳う彼女は私の心臓を萎縮させた。何かが腹から登ってくる。けれどもひとつとしてそれを出すまいと下唇を噛み締めた。強く、強く。傍から見れば下唇なんてあるのかと思うくらい。いつもひょんなことで目を潤ませ、自信を喪失させる彼女。自分に自信は持てない奥ゆかしい彼女。なのに眼前で仲間が傷つきそうな時は己を顧みずに渦中に飛び込んでいくのだ。変なところで意地を張って時には周囲を振り切る度胸を見せる。私はずっとそれが大嫌いだった。弱いくせして何度も突っ込んでくる。諦めることを知らないのかとイラついてしまうくらい愚直で、底無しの負けず嫌い。力量なんて二の次、三の次。大嫌いだった。護られるだけの温室の花であれば良いものを、彼女は頑なに傷を負う茨道を進もうとする。指に傷を作り、手にタコを作り、身体の至る所を痛める。それでも尚彼女は眩んでしまう一途の光を折らない。

ずっとずっと、それが嫌いで嫌いで、少しだけ羨ましかった。見下していた私の方が彼女よりも遥か下に居たのだ。私にあるものを持っていなくても、私が喉から手が出るほど欲しいものを彼女は持っている。どんだけ欲しても決して手に入らないもの。妬み、嫉み、羨み、勉強でどれだけいい点を取っても、彼女を組手で負かしても、涼しく渇いた穴を満たすことはついぞなかった。けれどもそれを彼女は持っているのだ。何者にも穢されない純粋な光。私はこの時初めて己の内に湧き上がる激情にはっきりと名前を付けた。この光を護りたい。失わせたくない。この命が尽きる最期まで、その光を見ていたいのだ。今はまだ咲かぬ産まれたばかりの赤子のようだが、それは先の未来できっと大華になる。彼女がその日を迎えるまで、私は心から君を護りたい。眠る彼女の頬を滑る温かいそれを拭う。

愛してるよ、ヒナタ。