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小枝に花咲く蕾



うちはと千手が手を組んで数ヶ月が経つ。戦で荒廃した土地は草木と店で繁栄し、ふたつの部族の人々が活気に賑わいを見せている。そんな折に俺は新服の仕立てに駆られていた。


「何も真新しく拵えなくてもいいだろ。服の予備ならまだある」


腹囲を調べるからと言って巻き尺を腹に結んだ上女中に溜息を吐く。立ち膝を突く彼女は見下ろしたら頭の頂が見えるが、髪の毛から覗く双眸は毅然として揺らいでいない。それを悟って尚のこと鬱屈となる。案の定彼女はぴしゃりと断言した。


「他里の長に会いに行くのですよ、自覚がおありですかマダラ様。下目に見られることのないようお召し物は多少奮発することになってもきちんとしたものでないといけません」


「口煩い乳母のようだな、お前は」


「なんなりと。しかし私の役目はうちは一族の現頭領であらせられる貴方様のお召し物の仕立てであります。たといマダラ様であってもご協力していただきますよ」


俺を映す双眸は熟年の乳母そのもの、いや、たまに今は亡き父の面影すら感じるほど厳格である。彼女は昔からそうだった。同い歳のくせして決まり事や立場に厳しく、とりわけ俺とイズナに対しては分別すらつかない己の妹にさえ礼儀を重んじるよう叩き込ませていた。畏まった態度を改めろと何度言っても頑迷に首を振り続ける一点。そんな彼女は今では俺の服を拵える立場に居る。本音を言えば近侍として迎えたいのだが、「それでは周囲に示しがつかない」と言って二度も拒まれてしまった。おおかた女の自分が俺の傍に居ては軽視されてしまうだろうという一種の勝手な思い込みが理由だろう。全くくだらない理由だが、こいつが従順に諭されるタマでもないため諦念を抱いている。だいたいこいつは装飾なしに強いと言える。伊達に戦場をひとりでに生き抜いただけある女だ。だと言うのに本人は少しも気張らないのだから時々不思議に思ってしまう。


「最近は寝れているか」


「滞りなく」


「畳の痕が付いている」


髪を掻き分けて眦を親指の腹で撫でればぐっと押し黙ってしまう。反論の余地がないと素直になるか理由を取り繕っている最中の沈黙だろうなこれは。手間のかかる女だ。


「布団も敷けないほど多忙なのか」


「マダラ様のお手を煩わせるほどでもありません」


取り付く島もない返答に腹の虫が一匹動いたのを感じる。腹囲の測定を終えた彼女は腕の長さを測るべく俺の手に巻き尺を宛がった。にこりともしない仏頂面を見るのも何回目になるだろうか。これでは埒が明かない。


「行先は雪隠れだったか。土産を買ってこよう、何が欲しい」


するとようやくここで彼女は俺を見た。何の気遣いだそれは、と訝しむというより不要の色が強い眼差しを送る。だがそんなことにいちいち突っ込んでいては話が進まないのでもう一度尋ねる。


「何が欲しいかだけ言え。それ以外は聞かん」


小さく溜息を吐かれたのが聞こえたが、吐きたいのはこちらだ馬鹿。お前がガキの頃から一度も素直にならないのが悪い。話すかと思えば彼女は作業を再開した。おい、俺の言葉を無視する気か。ふつふつと何十匹の腹の虫が一斉に泡立つ。長い長い沈黙の末、口を開いたのは意外にも彼女からであった。


「桃大福が欲しいです」


振り絞ったような小さな声だった。思わず吐露したようなそれにそれまで騒ぎ立てていた腹の虫が沈静化していくのを感じた。しっかり欲しい物があるなら最初からそう言えばいいものを。けれどこいつはそういう女、期待する方が馬鹿らしい。初めて聞いたおねだりに少しだけ気分が高揚した。