大木が立ち並ぶ森の中に踏み入れた時遠くで大鐘が打たれた音が響いてきた。無為自然が瑞々しい森の中は自ずと腹の波が収まっていく。小鳥の囀りが可愛らしく響き渡り、どこか遠くで流れる川のせせらぎが鼓膜を震わせた。眠気を誘う麗らかな陽射しが葉の間から漏れ出し顔を照らす。青々と生い茂る草原を見つけると、そこには誰も居ないことを確認した。ここで寝よう、そう決めた私は澄み渡る空を視界いっぱいに映すように寝転ぶ。雑草が頬を掠めてくすぐったいが瞼を下ろせば不思議と気分が落ち着いていった。肩の力が抜けていく。ああ、ここならゆっくりと寝られそうだ。人間社会とは切って離された別世界に居るのは私だけ。丸めていた手がゆっくりと開いていく。その時だった。
「今日は先約が居たか」
風に揺れる葉擦れの音が心地良かった世界に落とされた自分ではない他人の声。引っ張り上げられるように反射的に飛び起きて距離を取った。太腿に忍ばせたクナイに手を伸ばした私を見て慌てふためく男を見て強制的に我に返る。口を開く前に己の身体が動いていた。
「初代様とは知らず非礼を働いたことお詫び申し上げます」
地面に片膝を突き頭を垂れる。敵と見なした男は我らが火影の柱間様であった。真っ直ぐ伸びた黒髪は彼の瞳を表しているようだ。初代様は一向に動こうとしない私に顔を上げるよう促す。厳重な処断されるかと怖々と上げたがそれは全くの杞憂で、初代様の面持ちにそんな心配は要らなかった。
「急に話しかけた俺も悪い。恭しい態度は要らないんぞ」
なるほど皆が初代様に笑いかける理由が少し解る気がする。白い歯を見せてさながら子供みたく屈託のない笑みを浮かべるところは親しみを覚えるだろう。恭しい態度は要らないと初代様直々に言われた私は、腰を下ろした彼と少し距離を取って座った。何故かしょぼくれていたが気にすることはないか。
「邪魔でしたら帰りましょうか?」
「何でぞ!?」
「いや、初代様の場所のようですし」
「扉間の目を盗んで時折来たりするが決して俺だけの場所ではないんぞ。里のものは里の皆のものぞ」
「サボりですか」
「き、休憩ぞ!」
「見つからないといいですね」
肩を竦めればまたもやいじけ始めた。もはや子供のそれと大差ない反応に無意識に笑みが零れる。初代様に「笑うなんて酷いぞ」と半目で睨まれてしまったが今度は謝らなかった。そういえば祭りの要がこんな所に居てもいいのだろうか。それこそ扉間様が探していそうなものだが。
「戻らなくて大丈夫なんですか?」
「少しくらいなら大丈夫ぞ。何せ分身を置いてきたからな!」
「うちはの頭領も居るんですよね、すぐに見抜かれてしまうのでは?」
「本体の場所まではマダラでも解らないんぞ」
「さようですか」
なんだかこの火影、逃げる隠れることに関してやけに熱心だな。そんなに嫌なのだろうか、その扉間様もマダラ様も。初代様の弟である扉間様は聡明な頭脳を用いて数多くの術を開発した天才と言われ、初代様の旧友であるマダラ様は初代様と肩を並べるほど、言ってしまえば忍び界で一二を争うほどの力量を持つ強い鬼才と聞き及んでいる。里に身を置く者として御二方の人となりは知っているが、詳細な性格までは解らない。
「少し気疲れしてしまっての。だから抜けて来た」
自嘲気味に笑った初代様。呟くように吐露した本音に返事に迷った。だがわざわざ丁寧な返事することもない。空を仰ぐ形で横になる。
「ここは扉間様にもマダラ様にも解らない場所なんでしょう? ならきっと誰にも見つかりやしませんよ」
太陽の眩しさに顔を背ける。普段の自分ならしない気遣いにちょっと照れくささを感じるのは、太陽の陽射しに頭がやられてしまったからだ。きっと。脈打つ音に沈黙を決めていれば背後で小さく笑みを落とす声が聞こえてきた。ありがとうぞ、変な語尾を付けた礼なんて要らないですよ初代様。ふっと笑って瞼を下ろす。今度こそ微睡みに沈みそうだ。
「誕生日おめでとうございます、柱間様」
民に愛される一年でありますように。うるさいと一蹴した里の皆と同じように私は彼に言祝ぎを贈った。
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柱間誕
2020.10.23.
2020.10.23.