画像

味見もせずに砂糖をかけた



街が活気づく中、頭の中では昨日の苦言が浮かび出されていた。弟に「兄者は妻に甘すぎる。もっと節度を覚えさせろ」と言われのだ。俺はその時曖昧な返事をして夜更けにやってきた弟を追い返したのだが、甘やかすなと言われて「はいそうですか」と言えるほど俺は鬼になれない。唸り声を上げて深く考えそうな俺を引き上げたのは、思考に割り込んだ妻の俺を呼ぶ声だった。


「ちょっと柱間! 聞いてるの?」


「も、もちろん聞いておったぞ。団子が食べたいんだろ?」


「聞いてないじゃん」


これとこれ、どっちが似合うか聞いてるのよ。そう言った彼女の手にはふたつの簪が握られていた。片や樹花鳥獣図屏風のような瑞々しい鮮やかさを持つ金色の簪、片や雪のような儚い純白さが愛らしい白椿が奥ゆかしく施された漆塗りの簪。それらはなるほどどうして彼女によく映えていたので、小さく唸る彼女に吊られて自分も首を傾げてしまった。だがよく考えれば何もひとつに絞る必要はない。


「ふたつとも買ってしまえばいいんぞ」


「えっ、いいの!?」


難解な問題を提示された時よろしくの渋面が、一瞬にして鮮やかな花が開花したような嬉しさに満ち満ちていく。瞳を輝かせ小雀が躍るように全身で喜ぶ愛らしい姿を見て、自ずとこちらの胸中も温かくなっていくことに笑みを隠せなかった。やはり俺の妻の笑顔は今しがた購入した簪の宝飾も敵わないほど可愛い。彼女が笑うとそれだけで俺まで嬉しくなる。扉間よ、己の愛する者の嬉しい顔を見たらそんなことはできないんぞ。


「この前買った椿の着物に合いそうだね」


「着飾った姿も愛らしいぞ」


「ほんと?」


「ほんとぞ! 俺の妻は誰よりも綺麗だからな」


上目遣いで「ありがとう」と頬をほんのり染め上げながら幸せそうに微笑む姿に、人目が多い街中であることを承知していながらも思わず抱き締めてやりたくなった。目を細めて大切そうに両手で抱える先程の店で買ったふたつの簪。無論着飾った彼女はそれはそれは天女にも負けない、おろか眼中にも入らないほど美しいが、白粉を塗し紅を引き豪華に仕立てた着物を着ておらずとも、俺の妻は至上と言っても過言でないほど美しい。惚れた欲目、痘痕も靨、恋は盲目と呆れられるが、心より愛した女の気色満面を見られるのであれば金など安いものよ。


「今日の晩御飯は何が食べたい?」


「お前の作るものならなんでも美味い」


「なんでもが一番困るってこと覚えて欲しいよ、旦那様には」


「もう一度呼んで欲しいぞ」


「抱き着かないでよ、簪が折れちゃうじゃん」


先程の甘える姿から一転し素っ気なくなるのもまた可愛いと思った以上、やはり扉間の言うことを聞くのは無理だと悟る。とりあえず今晩は愛らしい彼女を抱くことにしよう。