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都合のいい奴



誰だってひとりでありたい時や、誰とも会いたくない時があると思う。今まさに私がそれだ。ひとりで居たい、誰とも話したくないし居て欲しくない。このままずっとそうありたいとさえ、思ってしまっている。


「なのになんで来たの」


「お前が泣いとる気がしたからな」


「扉間じゃあるまいし」


「お前のことなら扉間にも負けんぞ」


掛け布団を頭から覆い被さりうずくまる私の寝室に、前もっての許可など得ずにふらりとやってきたこの男。追い出すように突っ慳貪な物言いを強風がごとき笑いで物ともしなかった。


「帰って」


「そうだ、ここに来る途中行きつけの茶屋の看板娘に新作の団子を貰ったんだ。どれ、一緒に食べようぞ」


「やだ、要らない」


「にしてもここは相変わらず辛気臭いの。空気の入れ替えはしてい」


「柱間!」


和やかに話していた柱間の言葉を遮るように大きな声が出る。緩やかな温かさと触れるだけで憂鬱になる陰険が不釣り合いにも混ざり合っていた部屋が一転して張り詰める静寂に包まれた。ここに第三者が居れば間違いなく固唾を飲んで緊張していることだろう。居ないのが不幸中の幸いというやつだ。傍に座っている柱間の気配が布切れの音と共に動く。


「ここには俺とお前しか居らぬ」


背を丸めて膝を抱える私の背中に、宛てがわれた手のひら。分厚い掛け布団越しでも彼の手の感触は感じ取れた。撫でるように、あやすように、掛け布団で私の背中を大きな手が滑る。空気に溶けた緊張が霧散していき腹の虫を宥めるような温かいものへと変わっていった。腹中を蠢いていた無数の感情は、彼の手に絆されるように平静を取り戻し、荒れていた波を鎮めていく。喉をきつく絞めていた得も言われぬ気持ち悪さがすんなりと喉を通り過ぎる。ようやく息ができることに少し目の奥が熱くなった。肺の空気を入れ替えるため深呼吸をする。


「ごめん」


当たってごめん。情けなくてごめん。すぐ泣いちゃってごめん。面倒くさくてごめん。迷惑かけてごめん。思いつく限りの謝罪が経を唱える声量で溢れ出す。言い続けようとした私の口は柱間が纏う雰囲気の変化に気づいて唇が少し開いたまま止まる。


「謝るでない。それ以上謝ればこの布団を剥いでしまうぞ」


「それはやだ」


「ならもう謝るではないんぞ」


「うん」


「明日の昼、茶屋に行くから予定空けておけ。団子を食えば気も立ち直るだろうて」


「柱間」


「何ぞ?」


「ありがとう」


閉じゆく瞼の重さに身を任せ、全身を襲う柔らかな微睡みに意識を手放すことにした。視界が暗転する間際、掛け布団の上で落とされた微笑は「また笑ってくれ」と言葉を紡ぐ。そうだね、明日一緒に茶屋に行こう。団子も戴くよ。また笑うから今は寝かせてほしい。嫌だ嫌だと拒んでいた手のひらにあやされながら私は今度こそ意識を手放したのであった。