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戻れない道



よく懲りないなと思うことがある。同じことを繰り返し、しかもそれを無愛想を具現化させたような私に言うのだから、いつしかちょっとした同情さえ抱いてしまった。


「聞いているのか」


「聞いてるよ。でもねサスケくん、私今から任務なんだよね。だから退いてくれるかな」


「俺と一緒に来い」


「聞けよ」


ゆくりなくやってきた指名手配犯は、来るや否や家を出ようとした私の腕を掴んで壁際に追いやり、頻りに時計を確認する私に苛立ちを隠そうともせず逆にぶつけるように、憮然と立ち塞がってきた。慣れた様子で返していれば腕を掴む彼の手が徐々に肌に食いこんでくる。ごりっ、と鳴ったところで「痛い」と反論してみるも彼は力を緩めない。


「いつまでこんな所に居る気だ」


「それはこっちのセリフだよ。君指名手配されてる自覚ある? 暁に入ったのに白昼堂々来ないでよ」


「お前が来ればここに用はない」


「嘘吐け。木ノ葉を潰すって豪語したくせに」


「ああ。そして俺が作り変える」


少し見ないうちに随分強気になったものだ。それはまるで決まっていることを口にしているように見えた。必然だと言っているように。彼が何故木ノ葉を潰そうとするのかおおかた予想はつくけど、あいにくと私はそれに賛同しないし加担する気もない。彼は見落としていないだろうか、私が木ノ葉の忍だということを。


「今の上層部を野放しにしていいと思っているのか。同じうちはなのになんとも思わないのか」


掴まれた腕の痛みに顔を歪める。サスケくん、君の言い分は解るよ。今は亡きイタチに課せられた任務は残酷極まりないものだと、彼の良心を尽く潰すような非道な任務だと私でも心底思う。なんとも思わないのかだって? そんなわけないじゃん。苦しいよ、辛いよ。彼の温かさにぬくぬくと護られていたと知った時ほど己を無力と貶めたことはない。今にも夢に見るんだ、何か少しでも変わっていれば彼の力になれていたんじゃないかと。


「だったら何故俺と来ない」


「イタチは木ノ葉に着いた。それは木ノ葉を守ろうとしたから。彼の守ろうとしたものを彼のため、自分のために塗り替えて潰すなんてできない」


イタチが真に一族の名誉挽回を望んでいたら木ノ葉に着くことを選ばなかったはずだ。なんなら彼の力で一族を潰そうとする上層部を殺すことだってできたはず。けれどそれをしなかったのは、殺せば木ノ葉に攻め入る隙を他里に与えてしまう危険を慮ったからしなかった。一番辛かったのは彼だ。悩んだのも苦しんだのも。その彼が何を代償にしても選んだものを、どうしたら同族である私が壊せるだろうか。腕を掴んでいた彼の手に己の手を重ねる。


「私はイタチに生かされてる。その恩返しのために私は木ノ葉に忠誠を誓ってるんだよ。だからサスケくん、君の手は取れない」


あれほど締め付けていた手がすんなりと離れる。ごめん、ごめんね。できればサスケくんにも同じようにあってほしいと今でも願っている。兄を死に追いやった里を守れと酷なことを言っている自覚はあるけど、君にもイタチの守りたかったものを守って欲しいと願わずにはいられないんだ。それに君の帰りを待つ人は私以外にも居る。命を賭してまで君を戻すと言い切る純粋な子も。断言した私を見つめていたサスケくんが距離を取り、顔を俯かせた。その姿に胸が軋むけどこの意見は変えられない。彼は何かを決した様子で「そうか」と零す。開けられた窓から涼を孕む風が髪を撫ぜる。嵐の後の凪いだ海のような静寂さが私達を包み込む。時計の針の音に引かれそうになる意識が床の軋んだ音に引き戻される。黙り込んだ彼が一歩、前に踏み込んだのだ。


「お前はいつもそうだった」


「サスケくん?」


「何もかも自分で決めて俺の言葉は聞こうとはしなかった。歳下だと見下してまるで相手にしなかったな」


「そんなことしたつもりはないんだけ」


「なら俺もお前の言葉など聞かない」


その時、爪先から電流が駆け巡った。ぴしっと音を立てて指先まで硬直する。まるで金縛りに遭ったかのように。生唾さえ嚥下することが憚られる。動けずに立っていることしかできない私にサスケくんは確実に距離を詰めてくる。いつものサスケくんじゃない、肌でそれを感じ取り脳内に警鐘を鳴らすも最悪なことに足おろか唇さえ動かない。ついには手を挙げれば容易に触れることのできる距離にまで詰められることを許してしまう。彼の顔を隠す黒い髪の間から垣間見えた瞳は赤色だった。


「腑抜けとなったお前に理解など求めないことにしよう。俺はいずれこの腐った木ノ葉を潰し作り替える。これは革命だ」


睨み付けられ、交わった視線は私の意識を切るように暗転させられた。ぐらりと揺れる視界と落ちていく身体。何かに抱き留められたが、身体に回された腕は骨を折る勢いで蝕んでくる。そして飛ぶ直前に告げられた囁きは残酷にも脳裏に焼き付けられた。


「兄さんに生かされた命、俺が使ってやる」


心臓が冷えていくようだった。ごめんとも嫌だとも言えぬまま、私は完全に項垂れた。