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井の中の蛙大海を知らず



※イズナ視点。
※口調捏造。










これで何度目になるだろうか。無防備に差し出される細い腕に浮かぶ白が目に刺さって痛い。巻いたばかりの包帯を赤が染め上げる。これでは包帯の意味を成さない。それほどの深傷だが、負傷者は思わずこちらの神経を逆撫でされる情けない笑みを浮かべていた。


「手間かけさせてごめんね。思いのほか奴さん卑劣でね、隙を突かれてしまったよ」


「悪いと思ってるならもっと注意を張ってくれる? 散漫した状態なら子供相手でも恰好の餌になるよ」


「反省してるって。もうしないよ」


「お前の言う『もうしない』って何回目のことを指してるの?」


説教の意も兼ねて包帯の結び目をきつく縛り付けると、「痛っ」と目を眇めて肩が跳ねた。涙を浮かばせるくらい痛いのが嫌いなら最初から傷など負わないでほしいものだ。彼女は小さい頃から、白旗掲げたら相手が敵でも武装を緩めてしまうどうしようもない奴である。確か今回の相手は子供がやけに多い一族だったはずだが、優しい彼女のことだ、今日だってその類いだろう。だから隙を突かれて何度も痛い目を見るハメになるというのに、それを僕が指摘しても父さんが指摘しても、兄さんが指摘しても、誰が指摘してもまるで学ばない。いや、聞き入れる気すらないのだ。敵前で武装を解くことは殺してくださいと言っているようなもの。彼女は一体何を考えているんだ、その甘さが何も守れないというのは歳下の僕にだって解ることというのに。


「イズナは私よりまだ幼いのに立派だね。今日も大人たちを倒したんでしょ?」


「子供扱いする立場じゃないよお前は」


「素直な気持ちだよ」


目ぼしい傷の応急処置はあらかた終わったので、取り出した一式を仕舞いこむ。己のために持ってきた物がよもや同族の自殺行為に活かされるとは思ってもみなかった。手当してもらった彼女は手を開閉させて動きの確認をしているが、まさかその状態で尚も戦場へ赴こうとしているのか。腕を斬られ、足を捻り、チャクラも雀の涙程度しか残っていない身体で。せいぜい子供をひとりふたり倒せる程だろう。彼女の性格を考慮してそれをするかも曖昧だ。腹を揺すぶる甲高い金属音が遠くから響いて鼓膜を劈く。こうして小休憩を摂っている合間にも、戦況は淡々と熾烈に変わっていくのだ。優勢であった僕たちが劣勢に立たされるかもしれないし、敵の援軍が到着するかもしれない。父さんと兄さんが居る限り簡単に負かされるうちはではないが、過信は気の緩みの元だ。


「あのさ」


木陰の葉の間から顔を覗かせ近くに敵が居ないか確認していた僕は、振り返って後ろで準備を整える彼女にクナイを容赦ない速さで投げた。空気を切り裂いて進むそれを、さすがの彼女もむざむざと受け止めるようではなく、状況に困惑を覚えながらも己の武器で弾き返す。軌道を外れ背後に立つ木の幹に刺さって止まった。「どうしたの?」と素っ頓狂な声で首を傾げる彼女。構えていた武器は下ろされている。ここまでくれば溜息さえ出てこないよ。


「みんな戦ってるんだ。死にたいならひとりで死んでくれる?」


僕と彼女をひとつの箱庭に押し込めたような狭い世界に、背中も仰け反る冷たい空気が一瞬で満ちる。戦ぐ長閑な音さえも今は緊張を癒さず、却って疎ましいほどである。彼女が息を呑み、瞠目したのがはっきりと見て取れた。傷ついたわけでも、我に返ったわけでもない表情に疑問が湧いたが、表立った感情を落ち着かせるように伏せた瞼が、問われることを拒むように見えて口に出来なかった。閉じられていた唇が瞼と共に開けられる。僕を見据える瞳は、生来の性格を表すまでに平静そのものだった。


「ごめん」


「謝るくらいなら怪我しないでよね」


眉を下げて少し困ったように微笑む彼女を見て、何とも言えぬ居た堪れない気持ちに駆られた。ごめんなんて言葉が欲しくてあんなことを言ったわけじゃない。ただ一言、「死なないよ」と言って欲しかっただけなんだ。素直な性分ならどれほど良かったか。肺を満たす燻りは喉元まで迫り上がるが、ついぞ吐き出すことはなく顔を背けて無理矢理押し流した。僕も馬鹿だな、君なんかに生きてて欲しいという気持ちを抱いてしまうなんて。その瞳はとうの昔に輝きを失ってしまっているのに。