画像

兄妹



※夢主が幼い。











わたしには血の繋がりがない尊敬する兄様がふたりいます。一番上のマダラ兄様は口数が少ないしいつも怖いお顔をしているので苦手です。だけど二番目のイズナ兄様はいつもわたしに優しくて、飴をくれるのでだいすきです。そんな兄様に新術の披露する予定でした。


「兄様のばか! もう知りませんっ」


「ごめんね」


「謝ったってゆるしませんっ」


眉を下げて頬を掻くイズナ兄様と頬に湧き上がる怒りを溜めてそっぽ向くわたし。後目に兄様を見遣れば、困ったように笑っていた。困らせたいわけではありません。だけど、どうしてもゆるせそうにはありませんでした。ぎゅっと手のひらに力がこもる。


「わたしよりマダラ兄様を優先させるなんてひどいです。イズナ兄様はわたしがお嫌いなのですね」


「そんなことないよ」


「いいえ、そうです。そうなんです。お嫌いだから無視するんですね!」


「ああ、泣かないで。嫌いなんてことあるわけないよ、僕も兄さんも君が大好きなんだから」


「マダラ兄様がわたしを好きなんてありえません」


勝手に流れ出した涙をイズナ兄様は優しく拭ってくださる。わたしが小さいから、わたしが弱いからイズナ兄様はマダラ兄様ばかり見るんですきっと。鼻を啜る可愛くないところなんて見せたくないけど、目も鼻も言うことをちっとも聞いてくれません。今日はほんとうはわたしの新術を見てくれる予定だった、マダラ兄様に呼ばれるまでは。印を結ぶ構えを取ったその時、マダラ兄様が曲がり角から姿を出したかと思えば「イズナ来い」と一言。「頑張れ」とか「ちゃんと見てるよ」とか言ってたイズナ兄様は何処吹く風、飛ぶように曲がり角に姿を消してしまわれた。すぐ戻るとか言っていたけど結局あのまま日が暮れて夕飯時まで帰ってくることはなかった。着いていくイズナ兄様もですが、呼んだマダラ兄様も兄様です。なんだってあの時に来たのですか、あの時じゃなかったら。


「わたしが余所者の子だから」


小さい頃、今よりうんと小さい頃。視界に入るひとの認識すらできない歳に今の家に引き取られたと乳母から聞きました。わたしの親が誰でどこで何をしているのか解りません。兄様たちとは血も繋がっていなければ仲良くしてやる義理もないのです。おそらくわたしを見ているであろうイズナ兄様のお顔が見づらくて、顔を床に向けた。だけどそれは上へ、上へとゆっくり動く。わたしは動かしていません。ふたつの頬に添えられた手が動かしているのです。ぱちり、視線が合ってしまいました。普段の優しい眼差しはなく、叱る時のタジマ様と同じように厳しい眼差しをしていました。


「聞いて。僕は君を一度も余所者なんて思ったことないよ、僕の可愛い妹だからね。兄さんも一緒なんだよ」


「でも、だって」


「兄さんは不器用な人だから君には冷たく見えてるのかもね。でもほんとうはどう接したらいいか迷ってるだけなんだよ。内心物凄く話したいって思ってるのにね」


世話の焼ける人だよねと目尻を崩す。言われたことがまるで信じられなくて、瞼を金魚の口みたいにぱちぱちと忙しく動かす。その様子にイズナ兄様はふふと笑うけど、堪らずに聞いてしまった。


「ほんとうですか?」


「僕が君に嘘を吐いたことがある?」


ふるふると頭を横に振る。けれどあのマダラ兄様がわたしと話したいと思っているなんて、まるで夢でも見ている感覚です。そう、心の中にある願いが幻覚を見せているんじゃないかって。だけど頬に伝わる温かさはそれを否定する。イズナ兄様も、ずっとずっと嫌っていると思っていたマダラ兄様もほんとうは私を好きでいてくれて、家族のように想っているなんて。なんだか胸の辺りがくすぐったい感じだ。頬を温めていた手がわたしの頭を撫でる心地良さに身を預けていたら、突然イズナ兄様が「そうだ」と両手を合わせて乾いた音を鳴らした。それに首を傾げるわたし。目を丸くさせるわたしを見て、兄様はにこりと笑む。


「新術さ、兄さんにも見てもらおうよ」


「えっ。で、でもわたし、イズナ兄様のような立派な術はまだ使えません」


「尚更見てもらおう。兄さん僕より強いし、名前ならきっと教えてくれるよ」


「見てもらえますかね」


嬉しさが溢れる胸に小さな不安が現れる。イズナ兄様はそうおっしゃるけど、見たところマダラ兄様は忙しくされてるし、邪魔ではないでしょうか。そういえばタジマ様の跡目はマダラ兄様だと耳にした。だったら尚のことわたしに感ける時間などないのではとさえ思い表情は曇っていく。それらを拭い去るかのようにイズナ兄様がわたしの手首を掴んで持ち上げる。釣られて上がった視線の先に見たものはイズナ兄様のイタズラじみたような、そんな笑顔。


「君は僕たちの妹ってこと、忘れないで」


何かを言う前に兄様に引かれて部屋から出てしまう。前を歩くイズナ兄様に引かれる形で後ろを着いていく。火鉢が焚かれた空間から一転した肌を刺す寒気に晒されて身が震えてしまう。寒暖差に鼻の奥がつんと痛くなった。軋む床の隣はわたしがよく駆け回る庭があって、瑞々しい青葉はすっかり年老いてしまっている。手入れされた閑地に息吹くは石蕗の花たち。黄色の花弁が首を長くして芳香を漂わせる。そういえば、瞬きをした瞼の裏に映像が映し出された。いつぞやの日に自室で見かけた押し花の小さな手鏡にこの花を見かけました。あの時は贈り主がイズナ兄様でないことにちょっぴり項垂れつつも探していましたが、結局見つけることができなくてやめたんです。もしかすると。イズナ兄様の言葉も過ぎって、気づけばイズナ兄様の隣を歩いていました。