「マダラも星になりたいとは思わない?」
濃紺の空に目を遣りながら問えば、隣からフンと鼻で一蹴するのが聞こえてきた。顔をやらずとも彼の浮かべている表情など手に取るように解る。どうせくだらぬ迷妄とでも思ってるんだろうなあ。鼓膜に蘇る声に内心苦笑いを浮かべつつも彼の応えを待ってみる。
「何も出来ぬ石など興味無い」
「お汁粉飲みたくなってきた」
「話の腰を折るな」
「寒い」
「鍛え方がなってないな」
「マダラが可笑しいんだって気づきなよ」
鞠が弾む調子で返していく私とマダラ。ひゅう、と薄い風が吹いて身体が震えた。そんなに遅い時間じゃないのにこの寒さとなると、冷えが一段と厳しくなる睦月の夜は想像を絶する寒さになるというのだろうか。毎年寒さを更新し続けるので来年はどれほど寒くなるか、白旗掲げて期待してみようか。すっかり固まってしまった己の手のひらに命を芽吹かすように息を吹きかける私の傍にマダラは静かに腰を下ろした。私の真似か釣られてか彼も空を仰ぐ。星を見るマダラなんて気持ち悪いなと、決して口外できない感想を胸中に抱いた。
「マダラって確か稲荷寿司好きだったよね」
「唐突になんだ」
「夜が明けたら作って持っていこうかなーって」
「何を企んでいる」
「人聞き悪いなぁ。ただ私は次の任務マダラに同行してほしいと思ってるだけだよ」
「何が『ただ』だ、思惑あったんじゃねえか」
「だめ?」
「俺の舌を唸らせることができたらな」
「地蔵にお供えした方が得に感じてきた」
「お前を地蔵の元に送ってやってもいいが?」
「頑張ります」
熟年の板前よりも肥えた、いや、ご立派な味覚をお持ちになるこの男にどんな味付けの稲荷寿司をやったら頷いてくれるだろうかと思案してみる。母より伝授された数々の料理を枚挙してみるが、多分どの味も好みじゃないと思う。水で二度三度も薄めたような味を得意とする母と、素材の味を存分に活かしたまには濃い味付けを好むマダラ。まさに油と水。つまり相容れないということ。ひっくり返ったちゃぶ台と床にへばりついた稲荷寿司が容易に想像できてしまうので、傾げた首が重荷に耐え切れず項垂れた。うんうん唸る私の傍で布擦れの音が聞こえて、思考の波を貪っていた我を取り戻す。
「もう戻るの?」
「俺は暇じゃない」
「情緒もない奴め」
「時間を考えろ」
「はいはい。おやすみなさーい、良い夢を」
「お前も狼の餌になりたくなければ早々に帰宅することだ」
「肝に留めておくよ」
服に着いた雑草をひと払いして絶景広がる山に背を向けた。そういえば明朝から任務開始だと言っていたような。なるほどそれじゃ帰らねばならない刻限だ。人には横暴なくせして時間には人一倍優しいんだから、このこの。
「あ」
「なんだ、まだ何か用か」
帰ろうとしていたマダラの足が、何かを思い出したように挙げた私の声に引き止められる。あからさまに迷惑そうな視線を寄越すマダラ。この時間に呼んだ私が言えた義理じゃないし、彼の人柄は嫌というほど理解しているので解ってはいたが、こうもふてぶてしいとさすがに堪えるものがあるというもの。祝辞のひとつでも述べてやろうかという友人心が折れてしまいそうになる。
「誕生日おめでと」
「呼び止めた用件がそれか。くだらん」
彼のことだ、ありがとうなんて言って笑みのひとつ浮かばせるとは端から思ってもいなかったが、そうも憮然と吐き捨てられるとは。私だから嫌なのか? なんだ、イズナなら良かったのか? このブラコンめ。いい加減弟離れしなよ、そして彼の爪の垢でも煎じて飲みな。人当たりのいいイズナの一端は見習ってほしいものだと、呆れた溜め息が零れる。一蹴どころか紙を破くように長年の友人の言祝ぎを裂いた彼は、もう用はないと踵を返して今度こそ足を歩かせた。
「稲荷寿司を用意して待っていろ」
そう言い残して。肩越しに一瞥していた私も、憧憬して止まず追い求め続ける空に視線を戻す。なんだ、嬉しいんじゃんあいつ。素直にありがとうと言うなり嬉しいと破顔するなりすればいいのに、ほんと頑固なやつ。今日も星は綺麗だ、見渡す双眸を埋め尽くす煌めく星たち。ちかちか光るそれらに想いが馳せるのを己の手で抑えられないように、可愛げの欠片もない返しをしたマダラに美味い稲荷寿司を作ってやりたいという気持ちもまた、私のプライドでは抑えられなかった。せいぜい私の稲荷寿司に対する賛美の言葉でも考えておくんだよマダラ。そして貴方の道行に星たちの加護がありますように。
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マダラ誕
2020.12.24.
2020.12.24.