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もっと近くで君を感じたい



欲求不満な女って知られたら、きっとドン引きされた上に軽蔑されるに違いない。だって彼は私とそういう事をしたいとは思っていないから。考えれば考えるほど肩が沈んでいく。私とサソリは恋人関係にあるが、それらしいことをしたかと問われれば、していない。恋人なんて関係だし、向こうも私のことは特別な方での好きって気持ちはあるんだろうけど、あまりにもスキンシップが薄いからたまにほんとに好きなのか?と不安に駆られてしまう。

いつも憎まれ口を叩くし、言葉足らずで喧嘩になるから、尚のこと。だが何より決定打となったのは、彼の口から「ベタベタするのもされるのも嫌いだ」と聞いたことだった。こうも明白に拒絶されてしまえばキスしたいだのハグしたいだのは言えない。わがまま言って別れることになるくらいならいっそ我慢するしか……。


「何を考えている」


「帰ったんだ、おかえり」


負のループに陥る私の意識を切ったのは、長期任務から帰還したばかりのサソリだった。私の部屋では彼はヒルコの中から出てくる。傀儡と共に外傷はないようで、ほっと安堵した。簡単にやられるとは思っていないもののそれでも長い間何してるか解らないものだから、やはり心配はしてしまう。


「お前」


「どうしたの?」


頬に手を添え、持ち上げた彼は目元をなぞった。人間が持つ柔らかさも温かさもないが、彼が持つ特有の固さと冷たさが伝わってきた。じっと見つめる彼の眉間にじょじょに皺が寄り始める。何事かと不安になった私に、応えるが如くきつく言い放つ。


「雑魚相手に遅れを取ってんじゃねぇよ」


ぴりっと走った痛みで得心がいく。頬骨のある場所にかすり傷を負っていたんだった。彼が別の任務で留守にしている間、私も別の任務についていた。下忍と対峙するはめになったが彼の言うとおり大した敵ではなかった。ただ着地時に体勢を失敗したが為に飛ばされたクナイを完全には避けきれず、頬を掠めてしまったのだ。だがもちろん失態はそれだけ、後に倍返しをしておいた。


「そんなんだからいつまで経ってもお前は鈍重なんだよ、のろま」


「うるさいなバカサソリ。帰ってきて早々に殺られたいの?」


「っは、お前みたいなのろまに俺が殺られるわけないだろ。のろまはそんなことも解らねぇのか」


「私はのろまじゃない! そういうならサソリの方がのろまでしょ、そんな無駄に重くてダサい形骸の傀儡が私の速さに着いてこれると思えないんだけど」


「なんだと?」


「なによ」


双方の睨み合いは苛烈さを増していく。いつもこうだ、喧嘩したくなくても向こうからのちょっかいに私は耐え切れず喧嘩を買ってしまう。喧嘩ばかり言い合いばかり。たまには褒められたいし、甘えてみたい。だけどこんな様子じゃそれもできそうにない。もし甘えて手酷く拒絶されたら、立ち直れる自信が無い。最悪泣くかも。ほんとに私達って恋人なの? サソリは私が好きなの?


「もういい、話しかけないで」


「は?」


「出て行ってよバカサソリ」


「誰がバカだ。つうか、お前どうした、なんか可笑しいぞ」


「可笑しくない!出てってよ!」


このまま彼と言い合いしてたら言いたくないことも言い出しそうだし、感情がコントロールできずに泣きそうだ。そんな顔彼に見せたくない。可愛げもなく「出て行って」と騒ぎ立てる私に痺れを切らしたサソリは苛立ちを隠さず舌打ちをした。びくっと肩が震える。俯く私に彼は言った。


「俺に隠し事なんざ百年早ぇんだよのろま」


「うるさいな」


「いいから何があったか言え。言わねぇと殺す」


「やだ」


頑迷に首を振り続けると、首筋にひんやりと冷たい物が宛てがわれた。鈍く黒光りする鋭利な物、それは忍にとっては見慣れた物。クナイだった。有言実行しようとするバカがどこに居るのよ!ってここに居るか。手に持っている物も、頭上から降り注ぐ殺意の籠った視線も相まって、私の口は白旗を揚げた。


「放置するサソリの方がバカじゃない」


「んだと……?」


「私はずっとずっと、サソリに触れたいし、触られたいと思ってたのに!」


小っ恥ずかしい気持ちを振り切って言ってやったら気持ちが少しスッとした。胸の中のもやもやが払拭されたようで気分が晴れやかだ。今ならサソリにも優しくなれそう、なのは当然ながら無理なわけで。爽快感に浸れるのも束の間、痴態を吐露したのだから当然のごとくサソリは眉を吊り上げて「はぁ?」と、さもおかしなものを見たかのような反応を見せる。返す説明に詰まりながらも理由を話していく。


「付き合ってもキスどころか手すら繋いでくれないし、好きも言ってくれないし、サソリはほんとに私のこと好きなのかなって」


顔が見づらい。恥ずかしさで爆発しそうな身体を宥めるように膝の上で指を忙しなく動かす。ああ死にたい。シンプルに死にたい。穴があったら一生閉じこもっていたい。きっと幻滅したはず。暁に所属していながらそこらの女の子同様に恋愛に現抜かすなんて、と失望したはずだ。肯定するように彼は深い溜息を落とす。じわっと目頭が熱くなった。ほんとにバカでのろまだ、私。


「お前もまだまだガキだな」


胸倉に手をかけると強引に上を向かされ、片方の手で顎を掴んで動きを封じられた。作られた眼球が私を、私だけを視界いっぱいに映す。彼は全身が傀儡と化している。熱も柔らかさも持たない。なのに彼に見下ろされている今、掴む指に熱を感じて、射抜く視線に熱を感じて、下腹部がきりきりと痛む。熱い。何が、そんなのは解らない。私の顔に落とされた影は少しづつ広がっていきやがて隠すように彼の顔が重なった。唇に重ねられた彼の唇。やはり固い。離してはまた重ね、呼吸をさせまいと彼は私の唇を吸うようにキスをする。苦しくなって途中で口を開ければ、ぬるりとした柔らかいものが口内へ侵入した。

私の舌先に触れた瞬間、びっくりして肩が跳ねてしまった。だが引く気はないようで、それは口内を縦横無尽に愛す。舌を撫でるように舐め、歯を弄ぶように転がし、くすぐるように上顎をつついた。くぐもった声が零れてしまい、これが自分の声なのだと理解すれば耳を塞ぎたくなった。それを見越していたのか、サソリは胸倉を掴んでいた手を太ももまで下ろし、私の両手首を抑えてしまっている。やばい、ほんとうにやばい。心臓もだけどいい加減息を吸わせてほしい。真っ白になった頭が正常に機能するわけもなく、零れる嬌声で限界を知らせた。サソリの顔がゆっくりと遠のいていく。唇の端からだらしなく銀色の糸が垂れ、それは薄く彼と糸を引いていた。溶けるように消えると彼は私の口端を親指の腹でぐっと拭い、揶揄うようににんまりと笑った。


「これでいいならいつでもしてやるよ、のろま」


息を整える私に妖しく笑んだ彼。全身が沸騰するように熱い。やばいやばい、今日命日になりそう。死んでしまうくらい心臓が痛い。