祈りは儚くされども猛き
「ジゼルと銀の団員たちの日常」
黒の団員たちとすっかり馴染んだジゼルだったが、時折“銀”の団員とも顔を合わせる機会がある。もちろん、彼らはノゼル直属の規律正しい軍人たちであり、無法者が集う“黒”とはまるで違う。
そんな彼らとジゼルが顔を合わせた時、どうなるのか——。
1.“銀”の団員たちの困惑
ある日、ジゼルは軍の合同会議に駆り出された。
「……久しぶりに会うな」
“銀”の団員たちはジゼルを見て、ぎこちなく声をかける。
「俺のこと覚えてるか?」
「あぁ、お前……名前なんだっけ?」
「失礼すぎるだろ!?」
銀の団員たちは絶句するが、ジゼルは気にする様子もない。
「冗談だよ。覚えてる。シリル、ダリウス、エドウィン……だったな?」
「……覚えてるじゃねぇか!」
「まぁな。兄貴の取り巻きだし」
「取り巻きって言うな!」
“銀”の団員たちは、どこか落ち着かない様子だった。
「……お前が生きてるって聞いた時は驚いたよ」
「うん。正直、信じられなかった」
「……まぁな」
ジゼルは煙草を咥えながら肩をすくめる。
「生きてるし、黒に馴染んじゃってるけどな」
銀の団員たちは微妙な顔をした。
「……お前が黒に馴染んでるっていうのが、なんか信じられねぇ」
「お前があんな無法者どもと……」
「おいおい、うちの仲間を悪く言うなよ?」
ジゼルがにやりと笑うと、銀の団員たちは一斉に顔を引きつらせた。
「……前より性格悪くなってねぇか?」
「いや、前からこうだったろ?」
「いや、前はもうちょっと……こう……大人しかったというか……」
「それはお前らの前ではそう見せてただけだよ」
「えぇ……」
ジゼルの軽い物言いに、銀の団員たちは頭を抱えるのだった。
2.ジゼル vs ノゼルの部下たち
銀の団員たちは、ジゼルをどう扱えばいいのかわからなかった。
「俺たちの団長の……弟だろ?」
「そうなんだけど……あの人、団長のこと嫌ってるよな?」
「というか、俺らのこともなんか冷たいっていうか……」
「お前らが兄貴の味方だからだろ」
突然、ジゼルが後ろから声をかけると、銀の団員たちはギョッとした。
「うわぁ!? いつの間に!?」
「そんな驚くなよ」
ジゼルは適当に椅子に座ると、銀の団員たちを眺めた。
「……俺のこと、扱いづらいんだろ?」
「……まぁ、正直なところな」
「いいよ、別に無理して仲良くする必要ねぇし」
「でも、お前……本当に団長のこと……嫌いなのか?」
ジゼルは黙り込む。
「……嫌いっていうかさ」
「……?」
「俺は、アイツの所有物じゃないってだけ」
静かにそう言い放ったジゼルに、銀の団員たちは何も言えなくなった。
その後、妙な気まずい沈黙が続く中、突然ジゼルが立ち上がった。
「ま、そんな深刻になんなって。俺は俺、お前らはお前らだろ?」
「……お、おう?」
「じゃ、またな」
ジゼルが軽く手を振って立ち去ると、銀の団員たちは顔を見合わせる。
「……なんか、よくわかんねぇな」
「うん。でも……あの人、思ったよりちゃんと生きてるんだな」
そう呟いた銀の団員たちは、どこかホッとしたような表情を浮かべていた。
3.「ジゼル殿、敬語を!」
合同訓練の際、銀の団員たちと黒の団員たちが揃っている場面があった。
「そこ、隙があるぞ!」
「お前が言うな!」
銀の団員がジゼルに指摘されて反論すると、別の銀の団員が慌てて止めに入る。
「おい! ジゼル殿にそんな口を——」
「いや、いいって。俺のこと『殿』付けで呼ぶな。気持ち悪い」
「で、ですが……!」
「兄貴が団長だからって俺まで特別扱いすんなって」
「……お前、本当に銀の団員だったのか?」
「そんな気配ねぇよな……」
「だって実質監禁されてたしな」
「そ、そういえば……」
銀の団員たちは困惑し、黒の団員たちは吹き出しそうになっていた。
「お前ら、こいつには普通でいいからな?」
「いや、普通って言っても……」
「なぁ、ジゼル。敬語使われるのそんなに嫌なのか?」
「……まぁ、馴染みがねぇし」
そう言うと、銀の団員たちは微妙な顔になった。
「……いや、あの団長の弟だと思うと、本当に違和感しかねぇな」
「わかる」
そんなことを言われながらも、ジゼルは気にする様子もなく、煙草を咥えながら適当に座り込むのだった。
「ま、これからも適当に頼むわ」
「……それ、団長に聞かれたら怒られるやつだろ……」
「だから、俺は銀の団員じゃねぇんだってば」
銀の団員たちは、やはりこの男をどう扱うべきなのかわからないまま、頭を抱えるのだった。
こうして、ジゼルは“黒”の団員たちだけでなく、“銀”の団員たちとも妙な距離感を保ちながら過ごしていくのであった——。
ジゼルは黒の拠点から市場へ向かう途中だった。昼下がりの街は活気に満ちており、商人たちの呼び声が飛び交っている。そんな中、ふと視線を上げた瞬間、見覚えのある銀色の鎧が目に入った。
(……うわ、最悪)
直感的にそう思った。
ノゼル・シルヴァ。
銀の団長にして、この国の軍を支える名門貴族の長男。
そして——ジゼルの兄。
(まさかこんなところで遭遇するとは……)
距離を取ろうかと思ったが、向こうもすでにジゼルの存在に気づいていた。ノゼルは街の中央に馬を止め、鋭い視線をこちらに向けている。
「ジゼル」
「……兄貴」
仕方なく、足を止める。
ノゼルは相変わらずの整った顔立ちをしていたが、表情は険しかった。今日は軍装に身を包み、馬にまたがっているところを見ると、遠征か何かだろう。背後には銀の団員たちが控えており、彼らもまたこちらに注意を向けている。
「珍しいな、お前がこんなところで歩いているとは」
「……俺だって街ぐらい歩くさ」
「ふん」
ノゼルは鼻を鳴らし、少しだけ視線を和らげた。
「これから遠征か?」
ジゼルの問いに、ノゼルは頷く。
「国境沿いの戦線が動き出した。しばらくは戦場にいることになるだろう」
「へぇ」
ジゼルは特に驚かない。国境沿いは常に不安定で、軍が動くことは珍しくなかった。
(まぁ、こいつなら心配ないか)
ノゼルは実力のある軍人だ。たとえ国境沿いの戦地だろうと、簡単に死ぬような男ではない。
だからこそ、ジゼルは気軽に口を開いた。
「……ノゼル兄様」
ノゼルがわずかに目を見開く。
ジゼルは、笑みも浮かべず、ただ静かに言葉を続けた。
「ご武運を」
それだけだった。
ノゼルはしばらく沈黙し、それからゆっくりと頷いた。
「……当然だ」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
ジゼルはそれを聞いて、少しだけ満足そうに目を細めると、くるりと踵を返し、その場を去った。
「……っ」
ノゼルは、去っていくジゼルの背中をじっと見つめていた。
彼の口元は、ほんのわずかに綻んでいたが、それを知る者はいなかった——。