妹のコイバナ()に付き合う話
「最初の夜」
「で、結局さ、初めて『そういうこと』されたのはいつなの?」
ネルヴァは身を乗り出し、興味津々の瞳でジゼルを見つめる。
「……お前な」
ジゼルは心底呆れた顔をした。
「いや、聞きたいんだって! ね、ソリド、ノエルも気になるでしょ?」
「き、気にならない!!!」
「お、お兄様のそういう話とか無理……!」
ソリドとノエルは必死に拒否するが、ネルヴァは一切気にしない。
「で? いつなの?」
「……16の時だ」
「やっぱり!?」
ネルヴァが歓声を上げる。
「いや、別に全部が全部一気に来たわけじゃないぞ? 最初はほんの些細なことからだった」
「些細なこと?」
「それまでは撫でられる程度だったんだ。でも、16になった途端に変わった。夜、部屋に来る回数が増えて、妙に距離が近くなったんだよ」
「ふむふむ」
「最初は、髪を触られるくらいだった。『疲れているのか?』とか『最近、眠れているか?』とか、そんなことを言いながらな」
「うわ、優しい感じで来るんだね」
「そうだな。最初は気持ち悪いというより、『ああ、兄貴は相変わらず過保護だな』ってくらいだった」
「でも?」
「……でも、ある日、いきなり抱きしめられた」
「……」
ネルヴァの目が輝く。
「抱きしめられた?」
「ああ。しかも、普段の軽いものじゃなくて、……やたら強くて、長くて、息が詰まるような抱きしめ方だった」
「ふむ……それで?」
「そん時、何を思ったかって?」
ジゼルは少しだけ目を伏せた。
「……怖かった」
「え?」
ネルヴァの表情が僅かに曇る。
「怖かったんだよ。ノゼル兄様が、普段どんなに厳しくても、どんなに過保護でも、『家族』であることは揺るがないと思ってた。でも、その時の抱きしめ方は、……違った」
「違ったって?」
「それまでの『兄としての愛情』とは、何かが違ってたんだ。まるで俺を『弟』じゃなくて、『別の何か』として見てるみたいで……」
「……」
「そんで、囁かれたんだよ。『ジゼル、お前は俺のものだ』ってな」
「っ……」
ソリドとノエルが息を飲む。
「さすがにその時はゾッとしたね。冗談じゃねぇ、兄貴の独占欲が異常なのはわかってたが、まさかここまでとは……って」
「でも?」
ネルヴァの声が低くなる。
「でも、それだけじゃなかったんでしょ?」
「……」
ジゼルは口をつぐんだ。
「続き、話してよ」
「……はぁ」
ジゼルは深く息をつく。
「その後、俺はベッドに押し倒された」
「……!」
「最初は冗談だと思った。『冗談だろ?』って聞いた。でも、ノゼル兄様は何も言わなかった。ただ俺を押さえ込んで、髪を撫でながら、……首筋に唇を落とした」
「っ……」
「『お前は綺麗だな』って言われたよ」
「……」
「意味が分からなかった。いや、分かりたくなかったんだと思う。必死に抵抗しようとしたけど、ノゼル兄様の力には勝てなかった」
「……」
ネルヴァが息を呑んでいる。
「そんで、……キスされた」
「……」
「唇に、直接。初めてのキスだった」
「っ……!」
ソリドが何か言おうとするが、声にならない。
「それまでの兄貴とは、まるで別人みたいだった。ノゼル兄様はいつも冷静で、感情を表に出さない人だったのに、その時は違った」
「ど、どう違ったの?」
ネルヴァが震える声で尋ねる。
「……必死だった」
「必死……?」
「俺を離したくない、誰にも渡したくない、俺が兄貴の元からいなくなるなんて絶対に許さない……そんな気持ちが、全部伝わってくるくらい、必死だった」
「……」
「……最初は拒絶してたけどな」
「でも?」
「……途中から、もうどうでもよくなった」
「どうでも?」
「どんなに拒絶しても、俺はあの家から出られないし、ノゼル兄様の支配から逃れられない。だったら、抵抗する意味なんてあるのか?って」
「……」
「気持ち悪い、最低だ、兄弟としてありえない……そんなことは全部わかってた。でも、それでも……ノゼル兄様が俺を欲しがる理由だけは、なんとなく理解できたんだ」
「……」
「アイツは母さんを失った時から、ずっと怯えてたんだろうな。次に失うのは俺かもしれないって」
「……」
「だから、どんな手を使っても俺を手放したくなかった。たとえ、兄としての一線を超えてでも」
「……」
部屋が静まり返る。
「で、結局その夜は?」
ネルヴァが震える声で尋ねた。
「……キスだけで終わったよ」
「え……?」
「アイツも、最後の最後で理性を保ったんだろうな。しばらく俺を抱きしめたまま動かなくなって、それから、ため息をついて俺を解放した」
「……」
「『すまない』って、一言だけ言ってな」
「……」
ネルヴァが小さく息を吐く。
「……聞いてて思ったんだけど」
「なんだよ」
「ノゼル兄様のこと、憎んでる?」
「……さぁな」
ジゼルは目を伏せた。
「……でも、もし今またあの夜に戻ったとしても、やっぱり俺は抵抗すると思うよ」
「……そっか」
ネルヴァは満足そうに微笑んだ。
一方で、ソリドとノエルは完全にキャパオーバーして、テーブルに突っ伏していた——。
あなた:
いいですね!続きを書きます。
完全にダウンしてしまった弟妹達を見て二人は顔を見合わせる
「今日はこれでお開きかしら。ソリドは責任もって連れ帰るわ。ノエルをお願いしてもいい?」
「ま、戻るとこ同じだし構わねーよ」
ネブラがソリドの腕を肩に回し、ジゼルがノエルをおんぶした。振り向きざまにネブラが笑う。
「久しぶりに話せて楽しかったわ、ジゼル兄様」
今度は二人でお茶会しましょ、もっと激しいお話、期待してるわ♡と言い残して歩き出した。ジゼルはひたすらに苦笑いするしかなかったーー
シルヴァ家に二人が帰ると、そこにはノゼルがいた。
「遅かったな、いったいどこへ行っていた。ソリドはどうしたんだ?」
「んふふ、久しぶりにジゼル兄様とお話してきちゃった。ね、兄様も今度聞かせてね?あなたたちが今までどんなことをしてきたのか」
かなりグロッキーなソリドを召使いに預けながらー思い出したのか、ソリドはまた吐き気を催し始めたーネブラは兄に笑いかけた。驚いて目を見開くノゼル。ああ、この人の鉄面皮がはがれるのはいつぶりだろうか。もしかするとジゼル兄様は何度も見てるのかもしれない。今度会った時はそれもきいてみようと思いながらネブラは楽しげに笑うのだった。もしかしたら昔のように、家族で過ごす日がくるかもしれないと、かすかに期待しながら。
「に、兄様。わりいけどこの後の会議欠席させてくれ………さすがにキャパオーバーってか………混乱してる………」
時は少し巻き戻り、ジゼルは去り行くネブラとソリドの背中をじっと見つめた。そしてノエルを背負いながら自身も黒の拠点へと足を進める。
………ごめんな、ネブラ。一つだけうそをついた。
あの話は、あの夜はあれで終いじゃない。
『アイツも、最後の最後で理性を保ったんだろうな。しばらく俺を抱きしめたまま動かなくなって、それから、ため息をついて俺を解放した。『すまない』って、一言だけ言って』
そう、あいつは一度は踏みとどまった、一線を越えようとはしなかったんだ。なのに。
………今でもありありと思い出せる。
ため息をついて自分から離れようとする兄。怖かった、おぞましかった、けれどもその顔があまりにも悲しげで苦しげで、辛そうだったから。
離れ行く兄に手を伸ばし、頬に手を添えてジゼルは触れるだけのキスをした。兄は目を見開いた気がする。何をしてるんだろうと自分でも思った。でも兄にそのまま抱き着いて背中に手を伸ばし、徐々に深くなるキスを俺は受け入れた。
その後はもう、なし崩しだった。
確かに、最初におれを閉じ込めたのはノゼルだ。
でも兄弟以上の関係を受け入れたのは、踏みとどまろうとしたノゼルに一線を越えさせたのは、
おれ、なんだーーーー
その時ジゼルが切なく、痛ましい顔をしていたことを知るものは本人を含め、誰もいなかった。