誰よりも愛しいあなたの話
ノゼルの一番古い記憶には、必ずジゼルがいた。
「ほら、ジゼル。こっちだ」
まだ幼かったノゼルは、小さな手を伸ばしてジゼルを引き寄せた。柔らかく、小さく、あまりにも無防備なその存在は、自分よりもさらに小さく頼りなかった。
母の腕の中で泣きじゃくるジゼルを見上げながら、ノゼルは思った。
(守らなければ)
母は強かった。王国でも指折りの魔法騎士として知られ、誰もがその力を讃えた。ノゼルも、いつか母のようになりたかった。けれど、まだ小さな自分には誰も守ることはできない。そんな中で初めて、この腕の中に収まる小さな存在ができた。
「ノゼル、あなたはジゼルの兄なのだから、しっかりと守ってあげなさい」
母の言葉は、幼いノゼルの心に深く刻まれた。
◆
弟が少し成長し、やっと歩けるようになった頃には、ノゼルはすっかりジゼルの面倒を見ることが当たり前になっていた。ジゼルはよくノゼルの後をついて歩いた。どこに行くにも、小さな手が服の裾を掴んでいた。
「ノゼルにーさま」
甘えるような声音で呼ばれれば、どこかくすぐったく、けれど誇らしく思った。
「兄様じゃない、兄上と呼べ」
少し得意げにそう言えば、ジゼルは不満げに唇を尖らせた。
「ノゼル兄様」
「……まぁ、いいだろう」
何度訂正しても、ジゼルは「兄上」とは呼ばなかった。
◆
ネルヴァが生まれてからは、ジゼルと過ごす時間がますます増えた。母が赤子の世話にかかりきりになる中、ノゼルは「兄」として弟の手を引いた。
「ジゼル、こっちに来い」
「うん!」
不安げに母の姿を見つめていたジゼルだったが、ノゼルが手を伸ばすとすぐに駆け寄ってきた。その小さな体が自分に寄り添うたびに、ノゼルはどこか安心するのを感じた。
(大丈夫だ、俺がいる)
ジゼルが兄の隣を当たり前のように選ぶことが、ノゼルにとって何よりの誇りだった。
◆
ある夜、ふと目を覚ますと、小さな影が部屋の入り口に立っていた。
「……兄様」
「ジゼル?」
「怖い夢を見たの」
手には小さなぬいぐるみを握りしめ、涙を滲ませた瞳がこちらを見ていた。
「母上は?」
「赤ちゃんが泣いてるから、いそがしい……」
少し寂しげな声に、ノゼルはベッドをぽんぽんと叩いた。
「ここに来い」
ジゼルは嬉しそうに笑い、ノゼルの隣に潜り込んだ。小さな体がぴたりとくっつき、温もりを分け合う。
「兄様といっしょなら、怖くない」
ジゼルがそう呟いて、安心したように眠りに落ちていくのを感じながら、ノゼルは思った。
(俺が守る)
幼いながらも、それはノゼルにとって疑う余地のない誓いだった。