誰よりも優しいあなたの話
幼い頃から、ジゼルはノゼルの後をついて回っていた。
「兄様、ぼくも剣を振れるようになりたい!」
「まずは基礎からだな」
ノゼルは得意げに腕を組んだ。ジゼルはまだ小さいが、いずれは立派な魔法騎士になるのだ。母上のように。そして自分とともに王国を守る存在になる。
(万が一の時は、俺がジゼルを守ればいい。だが、いずれは自分の力で立ち向かえるようにならねば)
だからこそ、幼いながらも兄として訓練に付き合うことにした。
◆
最初は剣の素振りからだった。木の剣を握るジゼルは、腕の力がまだ足りず、ぎこちない動きをしていた。
「そうじゃない、こうだ」
ノゼルはジゼルの手を取って、正しい構えを教えた。何度も何度も振らせるうちに、ジゼルは少しずつ様になってきた。
「兄様、ぼく、魔法もやりたい!」
「ふむ、ではまず簡単なものから試してみるか」
ノゼルは手を前にかざし、水銀の小さな刃を作り出してみせた。
「これくらいなら、俺でもすぐにできる。ジゼルもやってみろ」
「うん!」
ジゼルは嬉しそうに手を前に出し、魔力を込めようとした。しかし——
「…………あれ?」
何も起こらなかった。
「もう一度だ」
ノゼルの指示に従い、ジゼルは何度も試した。しかし、ほんの小さな鋼の欠片が空中に散るだけだった。
◆
その後も、ジゼルは必死に魔法を使おうとした。だが、どれだけ頑張っても、ほんの微細な鉄片が空に舞うばかりで、ノゼルのように自在に刃を操ることはできなかった。
(おかしい……俺が教え方を間違えたのか?)
ノゼルは内心焦りながらも、落ち着いた声で言った。
「焦るな、訓練を続ければいずれできるようになる」
「……うん」
ジゼルは少し落ち込んでいるようだったが、何度も何度も挑戦を続けた。
◆
数日後、母上がジゼルの魔力を診ることになった。結果は——
「ジゼル、お前の魔力量は……かなり少ないわね」
母の言葉に、ノゼルは驚いた。
「少ない……?」
「ええ。この子の鋼魔法は、精密な操作には向いているかもしれないけれど、大規模な魔法を使うのは難しいでしょうね」
ジゼルの肩が、目に見えて落ち込んだ。
「そんな……ぼくも、兄様みたいに戦えるようになりたかったのに……」
「ジゼル」
ノゼルは無意識に弟の肩を抱き寄せた。
「問題ない。お前が魔力を多く持っていようが、少なく持っていようが、俺がいる」
ノゼルは堂々と宣言した。
「俺がジゼルを守る。それに、お前はまだ成長の途中だ。これから魔力量が増える可能性だってある」
「……ほんと?」
「本当だ」
弟がどこか不安そうに見上げてくる。ノゼルはその頭を優しく撫でた。
「お前は俺の大切な弟だ。何があっても俺が守る」
ジゼルは少しだけ笑顔を取り戻した。
◆
この時のノゼルはまだ、ジゼルが強くなれないのなら自分が守ればいいと、それだけを考えていた。
しかし——
それでは足りないのだと彼が思い知るのはこれよりずっとずっと先のことである。
シルヴァ家の庭園の一角。朝露に濡れた草の上で、ジゼルは真剣な眼差しで手を伸ばしていた。
「……っ!」
空気が震え、彼の手のひらから小さな鋼の刃が生まれる。だが、それはすぐに力を失い、霧散した。
「……うまくいかない……」
悔しそうに呟くジゼルの後ろには、腕を組んで見守るノゼルがいた。
「ジゼル、お前は魔力の制御はうまい。しかし、肝心の魔力量が足りなければどうしようもない」
「わかってるよ……でも……」
10歳になっても、ジゼルの魔力量は平民とさして変わらなかった。いや、下手をすれば貴族の子供としては著しく低いかもしれない。
シルヴァ家の母——王国最強の魔法騎士のひとりであった彼女と比べれば、あまりにもかけ離れた現実。
(このままでは……こいつは……)
ノゼルは内心焦りを募らせていた。自分がいれば守れる。しかし、それではいけない。ジゼルが母のように強くなるには、自らの力で立ち上がらなければならない。
「どうしたの?」
ジゼルが心配そうにノゼルを見上げた。
「……いや、気にするな」
ノゼルはジゼルの頭を軽く撫でる。
◆
「ジゼルの魔力量は、やはり増えないのか?」
ノゼルは母に尋ねた。彼女は静かに頷く。
「ええ。彼は確かに鋼魔法を受け継いだけれど、魔力量はあなたや私ほどではないわね」
「……では、いずれ軍に入ることも……」
母は微笑みながら、ノゼルの肩に手を置いた。
「ノゼル、あなたは心配しすぎよ」
「しかし……!」
「魔法騎士の強さは、魔力量だけでは決まらないわ」
母は優しくジゼルの方を見やる。彼は少し離れた場所で、必死に魔力の刃を作り出そうとしていた。
「確かに魔力量は少ない。でも、彼の魔力操作は驚くほど繊細で正確よ」
「……それだけで戦えるものなのか?」
「もちろん。適切な戦い方を身につければ、彼は誰よりも鋭い刃を生み出せる」
母は微笑んだ。
「それにね、ノゼル。あなたがいるでしょう?」
「……俺が?」
「あなたはジゼルの兄で、彼を支える存在。あなたが彼を信じて導くなら、きっと彼も道を見つけるわ」
母の言葉に、ノゼルの胸が少しだけ軽くなった気がした。
(俺が、導く……)
「ノゼル兄様!」
ジゼルが駆け寄ってくる。
「今日も訓練、してくれる?」
彼は無邪気にノゼルの腰に抱きついた。その小さな手の温もりが、ノゼルの心を満たしていく。
(ああ……やはり、この子は俺が守らねばならない)
「……ああ、もちろんだ」
ノゼルはジゼルの手を取り、一緒に演習場へ向かった。