誰よりも大切なあなたの話
「檻の中の弟」
母の死は、王国全体を揺るがした。
彼女ほどの魔法騎士ですら討ち取られるならば、魔力の乏しいジゼルはどうなる?
——簡単に死ぬ。
母の葬儀のあと、ノゼルの胸には言いようのない喪失感と、ジゼルを守らねばならないという焦燥が渦巻いていた。
かつては「自分が守ればいい」と信じていた。だが、母ですら戦場で命を落とすならば、自分は? 本当に弟を守り切れるのか?
いや、それ以前に——
(ジゼルは俺の言うことを聞くのか?)
まだ11歳とはいえ、ジゼルは幼い頃から強くなりたいと願っていた。ノゼルの指導のもと、魔法訓練にも励んでいた。
しかし、それを続ければ彼はやがて軍に志願するだろう。戦場に出るだろう。
「それは、だめだ……!」
自室でノゼルは頭を抱えた。母の亡骸を見た日の記憶が蘇る。冷たい顔、二度と開かない目。
(そんな姿を、ジゼルには絶対にさせない……!)
守るのではない。
——閉じ込めるしかない。
◆
「……兄様? なにこれ?」
その夜、ノゼルはジゼルを自室に呼び出した。そして、何もないはずの壁を指でなぞると、静かに金属の扉が現れる。
「隠し部屋?」
「……ここが、お前の部屋だ」
ノゼルの声は低く硬かった。
ジゼルはきょとんとした顔でノゼルを見た。
「え、でも僕の部屋は……」
「これからは、ここで暮らせ」
「……え?」
ジゼルの顔が強張る。ノゼルは感情を押し殺したまま、弟の手を引いて部屋の中へ押し入れた。
「兄様? 冗談だよね?」
「……お前は、外に出るな」
ジゼルの瞳に怯えが浮かぶ。それを見ても、ノゼルは顔を変えなかった。
「……どういうこと?」
「お前はここで生活しろ。食事も運ばせる。外に出る必要はない」
「——ふざけないでよ!」
ジゼルはノゼルの腕を振り払った。
「僕、まだ11歳だよ!? どうしてこんな……!」
「……お前が、死なないためだ」
「……え?」
「お前は母上のようにはなれない。お前には、戦う力はない」
それは冷徹な声だった。しかし、その裏には焦燥と恐怖が滲んでいた。
「俺は……もう二度と、家族を失いたくない」
「……」
ジゼルは息を呑んだ。
(ああ、兄様……)
母の死は、ノゼルをこんなにも追い詰めたのか。
ジゼルの胸が痛む。それでも——
「でも、こんなのは違うよ!」
「違わない」
ノゼルは鋼の扉の鍵を閉めた。
「これが、お前を守るための最善だ」
「……!」
ジゼルは扉に駆け寄り、拳で叩いた。
「やだ! こんなの嫌だよ、兄様!!」
ノゼルはその声を背に、扉の外に立ち尽くしていた。
(これでいい……これで……)
だが、扉の向こうで泣き叫ぶジゼルの声が、ノゼルの胸を引き裂いていた。
それでも、彼は鍵を外すことはしなかった。
——この時から、ノゼルの「狂気」は始まった。