誰よりも大切なあなたの話


「檻の中の弟」
母の死は、王国全体を揺るがした。

彼女ほどの魔法騎士ですら討ち取られるならば、魔力の乏しいジゼルはどうなる?

——簡単に死ぬ。

母の葬儀のあと、ノゼルの胸には言いようのない喪失感と、ジゼルを守らねばならないという焦燥が渦巻いていた。

かつては「自分が守ればいい」と信じていた。だが、母ですら戦場で命を落とすならば、自分は? 本当に弟を守り切れるのか?

いや、それ以前に——

(ジゼルは俺の言うことを聞くのか?)

まだ11歳とはいえ、ジゼルは幼い頃から強くなりたいと願っていた。ノゼルの指導のもと、魔法訓練にも励んでいた。

しかし、それを続ければ彼はやがて軍に志願するだろう。戦場に出るだろう。

「それは、だめだ……!」

自室でノゼルは頭を抱えた。母の亡骸を見た日の記憶が蘇る。冷たい顔、二度と開かない目。

(そんな姿を、ジゼルには絶対にさせない……!)

守るのではない。

——閉じ込めるしかない。



「……兄様? なにこれ?」

その夜、ノゼルはジゼルを自室に呼び出した。そして、何もないはずの壁を指でなぞると、静かに金属の扉が現れる。

「隠し部屋?」

「……ここが、お前の部屋だ」

ノゼルの声は低く硬かった。

ジゼルはきょとんとした顔でノゼルを見た。

「え、でも僕の部屋は……」

「これからは、ここで暮らせ」

「……え?」

ジゼルの顔が強張る。ノゼルは感情を押し殺したまま、弟の手を引いて部屋の中へ押し入れた。

「兄様? 冗談だよね?」

「……お前は、外に出るな」

ジゼルの瞳に怯えが浮かぶ。それを見ても、ノゼルは顔を変えなかった。

「……どういうこと?」

「お前はここで生活しろ。食事も運ばせる。外に出る必要はない」

「——ふざけないでよ!」

ジゼルはノゼルの腕を振り払った。

「僕、まだ11歳だよ!? どうしてこんな……!」

「……お前が、死なないためだ」

「……え?」

「お前は母上のようにはなれない。お前には、戦う力はない」

それは冷徹な声だった。しかし、その裏には焦燥と恐怖が滲んでいた。

「俺は……もう二度と、家族を失いたくない」

「……」

ジゼルは息を呑んだ。

(ああ、兄様……)

母の死は、ノゼルをこんなにも追い詰めたのか。

ジゼルの胸が痛む。それでも——

「でも、こんなのは違うよ!」

「違わない」

ノゼルは鋼の扉の鍵を閉めた。

「これが、お前を守るための最善だ」

「……!」

ジゼルは扉に駆け寄り、拳で叩いた。

「やだ! こんなの嫌だよ、兄様!!」

ノゼルはその声を背に、扉の外に立ち尽くしていた。

(これでいい……これで……)

だが、扉の向こうで泣き叫ぶジゼルの声が、ノゼルの胸を引き裂いていた。

それでも、彼は鍵を外すことはしなかった。

——この時から、ノゼルの「狂気」は始まった。


あさぼらけと一等星