思いのほか、信頼されてたらしい話


「——さて、そろそろ幕引きといこうか」

ジゼル・シルヴァは闇夜に紛れ、冷笑を浮かべた。

黒の軍の拠点には、すでに作戦を終えた仲間たちが集まっていた。

ヤミ団長は椅子にふんぞり返りながら、煙草をくゆらせている。
ノエルは腕を組み、少し誇らしげな表情で立っていた。

「情報通りだったな、ジゼル」

「当然さ。俺の情報に抜けはない。……まあ、あいつらが上手く動いてくれたおかげでもあるが」

ジゼルは仲間たちに視線を送る。

今回の事件は、黒市での魔道具密売に絡むものだった。
王族や貴族の中にも関与している者がおり、軍内部でも慎重に動く必要があった。

だが、黒のやり方はシンプルだ。

「確実に情報を掴み、敵を潰す」

ジゼルの情報網は広く、裏社会の人脈を駆使すれば、王国の高官ですら動向を把握できる。

さらに、ヤミ団長の豪快な指揮のもと、黒の猛者たちが裏で暴れ回る。

「ジゼルが用意した情報と、オレたちの戦闘力。完璧な組み合わせだったな」

仲間の一人が笑う。

「当然だろ?」

ジゼルは肩をすくめた。

ノゼルのもとにいた頃とは違う。
今の彼は、ただ守られるだけの存在ではない。

戦い方を知っている。
情報を操り、状況を支配する。
そして、仲間たちと共に道を切り開く。

「さて、報酬の酒でも飲むか?」

ヤミ団長の言葉に、黒の仲間たちが笑い声を上げた。

夜はまだ長い。
だが、確かな手応えとともに——ジゼルは静かに目を閉じた。


夜の静寂の中、ジゼルは黒の軍の拠点にあるバルコニーの手すりに寄りかかっていた。
夜空は雲一つなく、星が瞬いている。

ひんやりとした風が頬を撫で、遠くから夜鳥の鳴き声が聞こえてくる。

そんな静かな時間を楽しんでいると、不意に背後から聞き慣れた声がかかった。

「こんな時間に黄昏れてんのか?」

振り向くと、ヤミが煙草を咥えながらこちらを見ていた。
彼はゆっくりと近づき、ジゼルの隣に立つと、煙を吐き出しながら夜空を見上げた。

「別に、ただの気分さ」

ジゼルはそう言いながら、バルコニーの手すりに肘をついた。

「ふぅん、そりゃまた珍しいこったな」

ヤミは低く笑い、煙草を指先で弾いた。赤い火がちらりと揺れる。

しばしの沈黙が続いた。

二人の間に流れるのは、夜の静けさと、風に乗る煙草の匂い。

「……なあ、団長」

ふと、ジゼルが口を開いた。

「ん?」

「もしも——俺が持ってる情報網を使って、この国の裏にいる敵を全部捕まえちまったら……俺が、もう価値のない存在になったら、お前はどうする?」

ヤミは少し目を細めた。

「……価値のない存在、ねぇ」

「俺は情報屋だ。『黒』にとって、いや、どこの組織にとっても、俺は役立つ駒だろうよ。でもさ、もし——その役目が終わったら、俺はどうなる?」

ジゼルの声は淡々としていた。
けれど、その瞳の奥には言葉にならない迷いがあった。

ヤミは少しの間、無言でジゼルを見つめていた。

やがて、煙草の灰を落としながら、ぽつりと呟いた。

「バカ言えよ」

「……は?」

「情報なんてのは尽きねぇ。仮に今いる敵を全部潰したところで、また新しいのが湧いてくる。オレたちが生きてる限り、そういうもんだ」

ヤミは煙草を消し、手すりに肘をつきながらジゼルを見やった。

「それに、仮にお前が何の情報も持たなくなったとして、それでお前が価値のねぇ人間になるわけじゃねぇだろ」

ジゼルはヤミの言葉を噛み締めるように、じっと彼を見つめた。

「……それって、『黒』の一員としての価値の話か?」

「違ぇよ」

ヤミは小さく笑った。

「オレはお前を『黒』の駒として見てねぇ。お前はお前だろ。ジゼル・シルヴァ。それだけで十分じゃねぇのか?」

その言葉は、ジゼルにとって少し眩しすぎた。

彼がずっと手に入れられなかったもの。
役割や使命ではなく、「ただの自分」として見てもらうこと。

「……お前、たまにいいこと言うよな」

「たまに、じゃねぇよ。いつもいいこと言ってんだよ」

「へぇ、それは初耳だ」

ジゼルは鼻で笑いながら、バルコニーの手すりに背を預けた。

夜風が吹く。

ヤミはそれを感じながら、ポケットから新しい煙草を取り出した。

「ま、深く考えすぎんな。お前が何もしなくても、オレはお前をここに置いとくさ」

「……ずいぶん気楽なもんだな」

「そういうもんだろ、仲間ってのは」

ヤミは煙草に火をつけ、ふっと煙を吐き出した。

ジゼルはそれを見つめながら、静かに夜空を仰いだ。

今夜の星は、どこかいつもより綺麗に見えた。


あさぼらけと一等星