私を愛するあなたの話
ノゼルは机に広げた書類を淡々と片付けながら、対面に座るネブラを一瞥した。
「……用件は何だ?」
「ただの雑談よ」
ネブラは微笑を浮かべながら、カップを手に取る。
「兄様、最近またジゼル兄様の話をすることが増えたわね」
ノゼルの手がわずかに止まる。
「そうか?」
「ええ。意識してるつもりはないのかもしれないけれど……私からすれば、ジゼル兄様のこととなると、兄様は本当に分かりやすいわ」
ノゼルは無言で視線を落とした。
「別におかしくはないわよ。ジゼル兄様は特別でしょう? 幼い頃からずっと兄様が守ってきたんですもの」
「……あいつは魔力量が少ない。戦場では生き残れない」
ノゼルの声にはどこか硬さがあった。
「だからこそ、俺が守るべきだ。家族として当然のことだろう」
「ふふ。兄様は本当に理屈を並べるのが好きね」
ネブラはクスリと笑った。
「でも、それって家族愛の話かしら?」
ノゼルの眉がわずかに寄る。
「どういう意味だ?」
ネブラは微笑を崩さぬまま、ゆっくりと続けた。
「ジゼル兄様に向ける感情は、私やソリドに向けるものと同じ?」
ノゼルの口が開きかけ、しかし次の瞬間には沈黙が落ちた。
「……違うわよね?」
ネブラの問いに、ノゼルはすぐに答えられなかった。
「……お前たちだって、俺の大切な家族だ」
「ええ、そうでしょうね。でも、兄様があれほど執着するのはジゼル兄様だけよ」
ネブラは穏やかに言葉を紡ぐ。
「兄様は恋をしたことがある?」
ノゼルの目がわずかに揺らぐ。
「そんなことは考えたこともない」
「ふふ、でしょうね。でもね、兄様——」
ネブラは兄の顔をじっと見つめた。
「それは恋ではなくて?」
ノゼルは言葉を失った。
ネブラの瞳が、まるで真実を突きつけるようにこちらを見つめている。
「私はね、兄様がどんな答えを出しても、家族として受け入れるつもりよ」
ネブラはゆっくりと立ち上がる。
「ただ、そろそろ自分の気持ちに正直になってみてもいいんじゃないかしら?」
ノゼルは何も言えなかった。
ジゼルに向けるこの感情が、ただの家族愛だと信じていた。
——だが、それは本当に「家族」としてのものなのか?
ノゼルの中に、長年目を背けてきた疑問がふつふつと浮かび上がっていた。