かつての日々にまどろむ話
それはまだネブラがまだ幼かった頃の話——ノゼル兄様とジゼル兄様は、とても仲の良い兄弟だった。
ふたりはいつも一緒にいた。多分、私が母様のところにいる間もずっと一緒だっただろう。
ノゼル兄様は優秀でしっかり者。もう家のことをいくつか任されてるらしく、外からの評判もいい。怖いように見えて、実はお菓子を多めにくれたり歩けないときに負ぶってくれたりしてくれる。
ジゼル兄様は明るくてよく冗談を言っては私を笑わせてくる。時々困らせてくるけど、でも面倒見もよくて、何でも助けてくれる。この前もこっそり宿題の答えを教えてもらった。ノゼル兄様は私のためにならないだろうと嗜めていたけれど。
この日もそう。
「ジゼル兄様」
「ネブラ、こっち来いよ」
兄様たちと一緒に遊びたくて、演習場に足を運んだときのこと。
ジゼル兄様は嬉しそうに手招きしてくれた。
「うん!」
ぱたぱたと駆け寄ると、ジゼル兄様がくすぐるように抱きしめてくれる。
ノゼル兄様はそんな二人を見て、少し呆れたように息をついた。
「ジゼル、訓練の途中だろ。ネブラを呼んでどうする」
「いいじゃん、可愛い妹補給のお時間ですぅ〜。な、ネブラ」
「うん!」
ジゼル兄様の腕の中は、安心する匂いがした。
ノゼル兄様と同じ家族の匂い。あったくておおきくて。
「よしよし、じゃあ一緒に訓練しようか。ネブラにも魔法を教えてあげよう。 俺がノゼル兄様の真似してな!」
「俺の真似なんかできるのか?」
「兄様、俺に教えてくれるときいつも難しい顔してるから、こう!」
ジゼル兄様はわざとらしく眉をひそめて、腕を組み、難しそうな顔をしてみせる。
ノゼル兄様そっくりの仕草に、思わずネブラは吹き出した。
「ぷっ……! に、似てる!」
「だろ〜?」
「……ジゼル」
ノゼル兄様は呆れたように額に手をのせて肩を落としながらも、ほんの少し口元を綻ばせた。
こんな風に、三人で笑い合う時間が好きだった。
ノゼル兄様は厳しくて、時に冷たく感じることもあったけど、本当は優しい人だった。
ジゼル兄様は自由奔放で、でも誰よりも人の気持ちをよくわかる人だった。
ふたりとも、大好きだった。だからいつも、私はふたりの後ろを追いかけていた。
けれど——
(兄様たちの間には、私が入り込めない何かがある……)
幼いながらに、それを感じていた。
ノゼル兄様は、私たちみんなを大切にして、考えてくれて、守ってくれる。
でも、ジゼル兄様を誰よりも大切にしていた。あの人を見つめるときだけ灯る熱があった。
ジゼル兄様も、ノゼル兄様にだけ見せる顔があった。
ジゼル兄様は普段はしっかりしていて、よく気にかけてくれる。けれど、ノゼル兄様とふたりきりだと表情が違った。
まるで、小さな子供みたいに甘えて身を委ねていた。
そんなジゼル兄様を見るたび、少しだけ胸がキュッとする。絶対に私には見せない姿だったから。
ふたりとも、私のことも大切にしてくれていたけれど、その絆の深さは、少し違って見えた。
(ちょっと寂しいな……)
そう思うこともあったけれど——
それでもほんとうに、大好きだった。
あの頃のように、また笑い合えたらいいのに。
「………ん。」
どうやら眠っていたようだ。目の前にはやりかけの中途半端な書類。
長女として、兄の補佐をしてはいるものの、やはり向いてない。だって昔からノゼル兄様の隣は決まっているもの。
おおきく伸びをしようと思えば肩から何かが滑り落ちる。マントだ。拾わずとも誰のかわかる。
「本当、変わらないわねぇ」
このぐらいできて当然だと、甘えを許さないようでいて、こうして気遣いを見せてくる。
ふと、ネブラは夜空を見上げた。
星が瞬いている。
昔と変わらない空なのに、今はあの頃のように、家族で並んで見ることはできない。
今はもう、ノゼル兄様の隣にジゼル兄様はいない。いつから、どうして。
あぁ。あの頃に、戻れたらいいのに。
「……兄様」
呟きは夜風に流され、消えていった。