入団する話
軍本部・執務室
「……で、どうする気だよ」
ダウナーな声が部屋に響く。「黒の暴牛」団長ヤミは椅子にどかりと座り、目の前の男を見やった。銀の軍服を纏ったノゼル・シルヴァ。彼は隣に立つ弟を一瞥し、ため息をつく。
「ジゼルは我が団で保護する。貴様らのような無法者の集まりに預けるつもりはない」
「ふーん」
興味なさげに返したヤミは、ジゼルへと視線を移す。ジゼルは脚を組みながら軽く肩をすくめた。
「俺は家に戻る気なんかさらさらねえけどな」
「選択肢の話をしているのではない」
ノゼルの声は冷ややかだった。しかしジゼルは嘲笑を浮かべるだけで取り合わない。ぐるりと首を回してヤミを見つめる。
「なあ、黒の団長さんよ。俺、ここにいたらまた監禁されるんだぜ。そりゃあ俺は素直ないいこだしぃ? 聞かれたことにゃぜーんぶ正直に答えるぜ? でもよ……」
椅子にもたれたまま身を乗り出すジゼル。先ほどまでの甘えた声とは一転、低く響く声はまるで品定めをするかの如く。
「情報は生ものだ。いつでも新鮮でなくちゃぁならない。仕入れ先を知って向かったところでアンタらに情報の正誤可否の取捨選択ができるか? 取引ができるか? 俺に判断させようにも清廉潔白な銀翼さんじゃあそもそも泥臭く動けねぇだろうし、俺の元に来る頃には腐っちまう。どんな情報も全部無意味になるなぁ?」
「……なるほどな」
ヤミはタバコをくわえ、火を点ける。そしてゆっくりと紫煙を吐いた。
「要するに、俺のとこに来たいわけだ」
「まあ、そうなるな」
「ふざけるな!」
ノゼルが机を叩く。ジゼルは「うわ、怖っ」と冗談めかして身を引いた。
「お前は裏社会で好き勝手生きてきた。これ以上、身をやつす必要はない。家に戻れ」
「“戻れ”だって? ヤダね、あんな箱庭二度とごめんだ」
ジゼルの軽口に、ノゼルの眉がひくりと動いた。彼が何か言いかけた瞬間、ヤミが割って入る。
「まあまあ。兄弟喧嘩はよそでやってくれ。俺としても、ジゼルの情報はありがたい。ノゼル、お前が手元に置いたら、こいつの能力は活かせねぇだろ?」
「……貴様らのような無秩序な組織に、ジゼルが馴染めるとは思えん」
「なあ兄貴、俺が馴染めるかどうかなんて関係なくね? “銀翼の大鷲”じゃなくて“黒の暴牛”に行く、それだけの話だろ」
「お前は……っ」
ノゼルが言葉を詰まらせる。ジゼルが選んだのは、兄のもとではなく、異邦人と無法者の集団だった。その事実が、彼の神経を逆撫でした。
「決まりだな」
ヤミが立ち上がる。
「ジゼルは予定通りウチが引き取る。お前がどう喚こうが、軍としての決定にゃ逆らえねぇよ」
「……」
ノゼルは無言のまま、ジゼルを睨みつけた。しかし、ジゼルはどこ吹く風で肩をすくめる。
「もう俺のことは諦めろよ、兄貴」
その言葉に、ノゼルの紫紺の瞳が細められた。
「……諦める? 俺が?」
嫌な予感がした。ジゼルは身構える。
ノゼルは静かに微笑んだ。
「お前がどこにいようと、俺のものだ」
低く囁かれた声に、ジゼルは背筋が凍る思いだった。
______廊下
「……クソ、やべえな、アイツ」
ノゼルの姿が見えなくなるや否や、ジゼルは思わず腕を抱いて震えを押し殺した。鳥肌が立つほどの悪寒が背筋を駆け上る。
ヤミはそんなジゼルを横目で見ながら、紫煙をくゆらせる。
「ま、兄貴の執着ってのは聞いてたが、アレは予想以上にヤバいな」
「だろ……? 俺がシルヴァ家に戻るとかありえねえって、わかったろ?」
ジゼルは皮肉げに笑ってみせたが、内心は落ち着かない。ノゼルの最後の言葉が脳裏にこびりついて離れなかった。
——「お前がどこにいようと、俺のものだ」
ゾワリと嫌な感覚が背を這い上がる。まるで、逃げ切れないと告げられたような気がしてならなかった。
「つーかよ」
ヤミが面倒くさそうに頭を掻いた。
「こっちに来たところで、お前の兄貴が手ェ引くとは思えねえんだが?」
「俺もそう思う」
ジゼルは心底うんざりしたようにため息をつく。
「けどさ、俺に選択肢なんかねえんだよ。銀に戻れば、また“箱庭”の中。どんな手を使ってでも、ノゼルは俺をそこに閉じ込める……なら、少しでも足掻くしかねえだろ」
「足掻くっつってもなぁ……」
ヤミはタバコを指先で弾きながら、思案げにジゼルを見た。
「兄貴に“俺のもの”なんて言われてドン引きしてる男が、まともに戦えんのか?」
「……っ!」
ジゼルの顔が一瞬引きつる。図星だった。確かに、ノゼルの執着がどれほど異常かは嫌というほどわかっている。あの言葉がただの脅しではないことも。
「クソ……」
ジゼルは額を押さえ、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。
「……アイツ、何考えてんだよ……マジで気持ち悪ぃ……」
「ま、これでウチの連中も巻き込まれるの確定だな」
「っ……悪いな、巻き込んじまって」
「今さら気にすんな。そもそも、お前が逃げ切れるとは思えねぇし」
「おい、少しくらい希望持たせろよ」
ジゼルは渋い顔でヤミを睨んだ。しかしヤミは煙を吐きながら肩をすくめるだけだった。
「だがまあ」
ヤミはニヤリと笑い、ジゼルの肩をバンと叩く。
「どう足掻くかは、お前次第だ」
その言葉に、ジゼルは苦笑した。
「……ったく、ロクでもねーとこに転がり込んじまったな、俺」