無性に苛立つ話
王都の夜。
ジゼルは裏路地を歩いていた。軍の任務ではなく、裏の仕事でもない。ただ、情報を集めるために街をふらついていた。
目的があるようでない。気まぐれのようで、そうでもない。
最近、どうにも気分が晴れない。星果祭のことを引きずっているわけじゃないはずだ。あれから時間も経った。だが、それ以降、ノゼルのことを思い出す回数が増えている気がする。
「……ったく、鬱陶しい」
ジゼルは小さく舌打ちしながら、夜風に髪を揺らす。
と、そこへ。
「──あら、ノゼル様?」
遠くから聞こえた声に、ジゼルは足を止めた。
人通りの少ない通り。そこには、ノゼルと貴族の女性たちの姿があった。
(またか……)
星果祭の時もそうだったが、ノゼルは貴族の社交に顔を出すことがある。彼の立場上、それは当然のことだろう。ジゼルが口を挟むことじゃない。
(どうでもいい。関係ない)
そう思って背を向けようとした。
──が、その時。
「ノゼル様、婚約の話は本当ですか?」
「……!」
ジゼルの足が止まった。
「……そのような話があるのは事実だ」
静かに、けれどはっきりと、ノゼルの声が響く。
「ですが、今は公にするつもりはありません」
「まぁ……でも、いずれ正式に決まるのですよね?」
「ああ。いずれは」
ジゼルはその場に釘付けになった。
婚約? ノゼルが?
(……まあ、そりゃあ、いずれはそうなるよな)
当たり前のことなのに、どうしてこんなにも胸がざわつくのか。
──どうして、心臓が痛いのか。
(何やってんだ、俺……こんなの、俺には関係ねぇだろ……)
そう思いながらも、その場から動けなかった。
ノゼルは婚約する。誰かと結婚する。貴族の義務を果たす。
(そりゃ、そうだ。ノエルだって前に言ってたじゃねぇか)
「ノゼル兄様だって、いずれは結婚するでしょうし……」
あの時は適当に流した言葉が、今になって頭の中でこだまする。
(何考えてんだ、俺……)
ジゼルは目をぎゅっと瞑った。こんな感情、持つべきじゃない。持ってはいけない。
(兄貴が誰と結婚しようが、俺には関係ない)
(俺は、そんなものに、何の感情も──)
ないはずなのに。
「いずれは」
その言葉が、やけに胸に突き刺さった。
ジゼルは足早にその場を去った。ノゼルに気づかれないように。自分の気持ちと向き合わないように。
──けれど、その夜から、彼の心はずっと晴れないままだった。