忘れられない懊悩の話


「……ったく、なんで俺がこんな……」

黒の拠点の廊下を歩きながら、ジゼルは眉間を押さえた。

洞窟での任務から帰還して数日。どうにも落ち着かない日々が続いている。

──いや、違う。落ち着かないのは 俺の方 だ。

最初は疲れが抜けてないせいかと思ったが、違った。

考えたくない。思い出したくない。

けれど、ふとした拍子に思い出してしまう。

寒さに耐えながら、身体を寄せ合って過ごした夜。
ノゼルの腕の中に抱かれ、鼓動を感じながら眠ったこと。
不覚にも、どこか安心してしまったこと。

──そして、俺は。

「…………」

自分で自分に腹が立つ。

ほんの出来心だった。何の意味もない。

なのに。

(なんで、あんなこと……)

一瞬の記憶に、顔が熱くなる。

俺はバカだ。ほんっっっとにバカだ。

ノゼルはきっと何も気づいてない。鈍感なクソ兄貴のことだ、深く考えもせず、ただ「ジゼルがまた妙な態度を取っている」くらいにしか思ってないだろう。

……でも、万が一、気づかれていたら?

(ないないないない!!!!!!)

ジゼルは両手で頭を抱えた。

ない。絶対にない。ないと信じたい。

だからこそ、俺は今──

「……避けてるのか?」

その言葉に、ギクリと肩がこわばった。

ジゼルはゆっくり顔を上げる。

「……なんの話だ?」

「お前の話だよ」

黒の団員たちが食堂でくつろいでいた。テーブルには酒やつまみが広がり、どうやらいつもの他愛もない雑談をしていたらしい。

だが、ジゼルの姿を見つけた途端、全員が妙に慌ただしくなった。

「な、なんでもねぇよ!!」

「そ、そうそう! 最近の天気の話とか……」

「……は? 天気?」

ジゼルは訝しげに団員たちを見回す。

今の流れ、どう考えても怪しい。

「まあいいけど……なんか変なことしてたら承知しねえからな」

牽制のつもりでそう言いながら、ジゼルはビールのジョッキを手に取る。

すると、団員たちが妙にコソコソと視線を交わした。

(……なんか、嫌な予感がする)

だが、それ以上考えたくなかった。

考えれば考えるほど、あの夜のことが頭をよぎる。

ノゼルのぬくもりも、
寝顔も、
触れてしまった唇の感触も──

「……なんでもねぇ!!!!!!!」

ジゼルは自分の思考を振り払うように、ジョッキを勢いよく煽った。


あさぼらけと一等星