お酒の魔女にはかなわない話


「バネッサ姉さんにまかせなさい!」
「……なんでもねぇ!!!!!!!」

ジョッキを勢いよく煽るジゼルを見て、黒の団員たちは揃って困ったような顔をしていた。

「いや、どう考えても なんでもある だろ」

「この前の任務から戻ってきて以来、ずーっとそんな感じじゃねぇ?」

「お前が何もないって言うときって、だいたい何かあるよな」

「うるせぇ、ほっとけ!」

ジゼルは腕を組んでふんぞり返ったが、団員たちの視線は揃って ニヤリ としたものになっている。

(……やばい。これ以上深入りされたら面倒なことになる)

酒の席で話が変な方向に転がるのは 黒の暴牛 の日常茶飯事だ。

ジゼルはそそくさと退散しようとした。

しかし。

「──あーもう、まどろっこしいわねぇ!!」

突然、バネッサがどん、とテーブルに手をついた。

「は?」

「見てらんないわよ、ジゼル。あんた、何に悩んでんの?」

バネッサはワインを片手に、挑むような目でジゼルを見据える。

「べっ、別に悩んでねぇ!!!」

「嘘おっしゃい。あたしの勘は鋭いのよ?」

ワインを一口飲みながら、バネッサはふっと笑った。

「アンタさ……ノゼルとどうなりたいの?」

「──ッ!」

ジゼルは、心臓が跳ねるのを感じた。

「な、何言って……!!」

「いやいや、焦らないで。あたしはただ、アンタが 何を望んでるのか 知りたいだけよ」

バネッサはいつもの軽い調子ではなく、どこか真剣な眼差しを向けてくる。

「別にどうもなりたくねぇし」

「本当に?」

「…………」

ジゼルは言葉に詰まった。

「アンタ、最近ずっとノゼルのこと避けてるじゃない。そんなことしてると、ますますノゼルに追いかけられるんじゃない?」

「……うるせぇ。そんなんじゃねぇ」

「そんなんじゃないなら、どういうことなの?」

バネッサはワインをくるくると回しながら、柔らかく問いかけた。

「ノゼルが怖い?」

「……違ぇよ」

「じゃあ、ノゼルのこと……まだ好き?」

「っ……!!」

バネッサの言葉が、胸の奥に鋭く突き刺さる。

ジゼルは目を伏せた。

「俺は……」

好きか嫌いか。

単純な二択で割り切れるなら、こんなに悩まない。

「ずっと……ノゼル兄様が好きだった」

自分の中から 兄様 という呼び方が出たことに驚いた。

「でも、それを……壊したのは俺だ」

「壊した?」

「俺が、兄貴を誘った。俺が……」

歪んだ関係を生んだのは、自分の方だった。

ノゼルが壊したんじゃない。自分が壊したのだ。

「そんなの、もうどうしようもねぇだろ」

「どうしようもない、ねぇ……」

バネッサは一口ワインを飲み、溜息をついた。

「じゃあさ、ジゼル。アンタはどうしたいの?」

「…………」

「ノゼルと関係を修復したい? それとも、もう終わらせたい?」

「…………わかんねぇよ」

ジゼルは、額を押さえながら呻いた。

「兄貴が嫌いだ。だけど、嫌いなはずなのに、あの夜……あいつの腕の中にいて、なんでか安心した俺がいた」

「ふぅん……?」

「それに……俺は、あいつの唇に……」

言いかけて、ジゼルはバッと立ち上がった。

「わあああああああああ!!!やめろ!!忘れろ!!!なんでもねぇ!!!!」

「……ほう?」

バネッサは興味深そうに微笑む。

「 アンタ、ノゼルにキスしたのね? 」

「……!!!!!!!」

「……うーん、それは深刻ねぇ」

バネッサは腕を組み、考え込むような仕草をした。

「……やっぱり、あたしの勘は鋭いわ」

「……もういい! やめろ!! 俺は寝る!!!」

ジゼルは耳まで赤く染めながら、勢いよく立ち上がる。

「ありがとよ、バネッサ姉さん!!!でも俺はまだ考えたくねぇ!!!おやすみ!!!!」

「はいはい、おやすみ♪ でもね、ジゼル」

部屋を出て行こうとするジゼルの背中に、バネッサはふわりと微笑んで言った。

「アンタはもう 答えを持ってる わよ」

「……っ」

ジゼルは振り向かず、そのまま部屋を飛び出した。




「あーもう、まどろっこしいわねぇ!」
ジゼルが酒を煽った瞬間、豪快な声が響いた。

「ちょっ……なんだよ、急に」

顔をしかめるジゼルの前で、バネッサがグラスを片手に身を乗り出す。

「アンタ、最近ずっとモヤモヤしてるじゃないの。見てらんないわよ」

「……っ」

図星を突かれ、思わず言葉に詰まる。

「はぁ?」としらばっくれてみせるが、バネッサは余裕たっぷりに微笑んだ。

「なーにが ‘なんでもねぇ’ よ。あんたの ‘なんでもねぇ’ は、大抵 ‘めちゃくちゃある’ のよねぇ」

ジゼルは黙り込む。

確かに、バネッサの洞察力は侮れない。

団員たちの間でも、悩み事を聞いてもらうならバネッサが一番だと言われている。

「ふふん、いいわよ。バネッサ姉さんにまかせなさい!」

そう言って、グラスを置き、ジゼルの隣にどっかりと腰を下ろした。

「……はぁ。別に、俺はなんとも……」

「またそれ。嘘つきはダメよ、ジゼル。飲む?」

「……」

「……ほら、何があったの? 言える範囲でいいわ」

バネッサは無理に問い詰めない。

けれど、逃げ道も与えない。

ジゼルはグラスを回しながら、ゆっくりと息を吐いた。

「……ちょっと、兄貴と……なんつーか、変なことになった」

「ほう?」

「……いや、別に深い意味はねぇんだけど……なんつーか……俺が……」

ジゼルはそこで言葉を止める。

言えるわけがない。

──俺が、キスしたなんて。

──俺が、最初だったなんて。

(馬鹿か、俺は……!!)

焦る心を隠すように、酒をあおる。

バネッサはそんなジゼルをじっと見つめ、やがて優しく微笑んだ。

「……ねぇ、ジゼル」

「……なんだよ」

「アンタ、本当はどうしたいの?」

「……」

「ノゼルと、どうなりたい?」

「…………っ」

ドクン、と心臓が跳ねた。

(……俺は)

兄のことは嫌いだ。

ノゼルが自分を閉じ込め、自由を奪ったことを忘れたわけじゃない。

過去を許したわけでもない。

けれど──

(けれど、俺は……)

「……わかんねぇよ」

ジゼルは力なく笑った。

「考えたことねぇ。あいつとは、離れられりゃそれでいい……はずだったんだけどな」

「 ‘だった’ ?」

「……」

言葉が詰まる。

「 ‘だった’ ってことは、今は違うの?」

「……かもな」

小さな声で認める。

バネッサは満足げに微笑んだ。

「なら、ゆっくり考えなさいな」

「……考える?」

「うん。 ‘兄貴’ じゃなくて、一人の ‘男’ として、ノゼルとどう向き合うか」

「……っ」

胸がざわつく。

(兄貴を、一人の ‘男’ として……?)

そんな風に考えたことはなかった。

けれど──

洞窟での夜を思い出す。

腕の中のぬくもり。

眠る横顔。

唇が触れた瞬間の、高鳴る鼓動。

(……あれは、なんだったんだ?)

「……俺は……」

「焦らなくていいのよ、ジゼル」

バネッサが優しく肩を叩いた。

「答えは、きっともう心の中にあるはずよ」

「…………」

ジゼルは黙って酒を飲む。

考えたくない。でも、考えずにはいられない。

ノゼルと、俺は。

本当は、どうなりたいんだろう──?


あさぼらけと一等星