団長と戦う話
ノゼルの監視の目を逃れ、裏社会で生きてきたジゼルにとって、黒の暴牛はまるで別世界だった。自由で、いい加減で、魔塔空気はうあらしゃきのそれに似てるくせにでもどこか温かい。
……とはいえ、気を抜けば食われるのは変わらない。
何しろここの団員たちは、筋金入りの荒くれ者ばかりだ。なめられれば終わり。そう思っていた。
だからこそ、団長のヤミ・スケヒロ──コイツとはうまくやらなければならない。
入団直後から、ジゼルはヤミを値踏みしていた。
魔法帝の見つけてきたという異邦人。きっと考え方が根本から違うはず。
どこまでのことを許容し、どこからが地雷なのか。
どこまで適当に流せる男で、どこまで本気で向き合う男なのか。
「ま、お前がどんなヤツでもいいんだけどな」
初対面の時、ヤミはそう言って笑った。
「ただ、俺の団に入ったなら、俺が気に入らねぇ動きしたらぶっ飛ばすぞ?」
……たぶん、この人間は本当にそうするんだろうな、と直感で思った。
それから数週間。
ジゼルは団員たちと適度に打ち解けつつ、馴染みすぎない距離感を保っていた。
ここはいい加減なようで、実力さえあれば居場所は確保できる。
ただ──一つだけ問題があった。
団長がジゼルを定期的に「飲みの席」に連れ出そうとしてくる。
「なんだよジゼル、その顔は。俺の酒が飲めねーってか」
「そもそも奢りじゃねー時点でアンタのじゃねーよ。……団長、俺のこと気に入ってんの?」
「バカ言え。お前みたいなヒョロガリに興味はねぇ。ただひとりで飲むのはつまらん」
「……俺、帰ってもいい?」
「はーーー、団長置いて帰るとか。魔法騎士の風上にも置けねーなぁ」
「えぇ……」
「賭けしようぜ」
「賭け?」
ヤミはニヤリと笑い、酒の入ったグラスを掲げる。
「俺に飲み勝ったら、もう二度と誘わねぇ」
「……団長と勝負?」
「ああ。俺に勝てたら、お前の好きにしていいぜ」
ジゼルは腕を組み、じっとヤミを見つめた。
ヤミ・スケヒロは適当な男に見えるが、「筋」は通すタイプだ。
約束を反故にするようなヤツではない。
つまり、勝てば──本当に自由になれる。
「……いいな。その勝負、乗った」
「よし、決まりだ」
ヤミはグラスを傾け、一気に飲み干す。
「じゃあ、飲め。つべこべ言わずにな」
ジゼルも黙ってグラスを手に取り、飲んだ。
一口、二口、三口──。
「…………ッ」
喉が焼けるようだ。
久々に飲んだ強い酒。アルコールの刺激が胃に落ち、じわじわと熱くなっていく。
ヤミは涼しい顔で次のグラスを手にしている。
「どうした? もう限界か?」
「……へっ、冗談。まだまだいけるし」
「そりゃいい」
二人は何杯も飲み交わした。
ジゼルは元々、酒に強いほうだ。しかし、このハイペース、度数。こうなったら意地だ。絶対勝つ。
──だが。
「おい」
「……ん?」
ヤミの声でジゼルはハッとした。
「あーあ。潰れたな」
「潰れ……?」
「お前、さっきから返答ねーもん」
「…………」
「ってことで、俺の勝ちだ」
「……チッ……」
ヤミは満足そうに笑い、ぐいっとジゼルの頭を掻き撫でる。
「ま、悪くねぇ飲みっぷりだったぜ、新人」
「……俺の自由は……?」
「これからも俺の好きに誘うぜ」
「クソが……」
「ははは!」
こうして、ジゼルはヤミ・スケヒロに完敗した。
しかし、これをきっかけに──二人の距離は縮まっていく。