酒の肴になる話
賑やかな酒場の一角。酒瓶が乱雑に並べられ、団員たちの笑い声が響く。
ジゼルは椅子にだらしなく腰掛け、酒を煽っていた。
「おいジゼル、お前の話ってマジかよ?」
向かいに座る団員の一人が、酒の勢いもあってか遠慮のない口調で問いかける。
「どの話だよ」
ジゼルが眉をひそめると、別の団員が言った。
「お前が兄貴に監禁されてたって話だよ! 」
その言葉に、周囲の団員たちの視線が一斉にジゼルに集まる。酒の席での冗談交じりの話として流されるかと思いきや、意外にもみんな真剣だった。
「おいおい、そんな話があるかよ……まさかガチ?」
「ジゼル、嘘じゃないよな?」
「嘘だったらこんなに嫌そうな顔しねぇよ」
ジゼルは深々とため息をついた。
「……あー、そうだよ。マジだよ。11の時から21までな。もういい歳だったのに、外出はおろか、誰とも話せねぇ生活してたってわけ」
「ちょっと待て、それってつまり……」
「10年……!? そんなに長く!?」
その言葉に、団員たちは一瞬沈黙した。
「……うっわ……」
「やべぇな、それ」
「ってか、兄貴って銀ピカ団長のことだろ? あいつそんなヤバいやつだったのかよ」
「いや、元から潔癖でキツいやつだとは思ってたけど……弟を閉じ込めるとか、さすがに頭おかしいだろ」
「なあジゼル、それってさ……どういう理由で監禁されたんだ?」
ジゼルは無言で酒をあおった。だが、団員たちの視線が逃がしてくれそうにないことを察し、渋々口を開いた。
「……俺は、兄貴にとって“失いたくない存在”だったんだとよ」
「……は?」
「俺は魔力が少ねぇ。だから戦場に出たらすぐに死ぬって思い込んでたんだろうな。だから外の世界から守るとかいう名目で、箱の中に閉じ込められた」
「……守るって、そういうことかよ……」
「どんな過保護だよ……いや、もう過保護とかじゃなくね?」
「16からの5年間は特に酷かったね」
ジゼルが乾いた笑いを漏らしながら、酒をあおる。その言葉に、団員たちは凍りついた。
「……なぁジゼル、それって……」
「……いや、考えたくねぇけどさ……その。この前さ、どっちの経験もあるって言ってたじゃん?」
団員の一人が何かに気づいたように、眉をひそめた。
「まさかだけど……初体験って」
ジゼルは無言で酒を飲む。
「……」
その沈黙が、答えだった。
「マジかよォ!!!」
酒場が一瞬で騒然となる。
「うっわ、ドン引きなんだけど!」
「兄貴、やっべぇな!? てか、それもう守るとかじゃねぇだろ!」
「ちょ、ちょっと待て、冗談だろ? 銀ピカ団長がそんな……」
「どこが冗談に聞こえるってんだよ。ジゼルのこの表情見ろって」
団員たちは一斉にジゼルの顔を見た。彼は明らかにウンザリしていた。
「……あー酒がまずい。酔いもさめるわぁ〜〜。だから酒の席でこの話はしたくなかったんだよ」
「いやいや、そりゃ聞いたらツッコまざるを得ねぇだろ!」
「てか、お前マジでよく逃げられたな!? それが一番すげぇよ!」
「俺だったら耐えられねぇわ……いや、耐えられるやついねぇだろ……」
「お前、兄貴に会ったらどうすんの?」
「は? もう会ったぞ」
「……え?」
「だから、会ったっての。俺、軍に捕まっただろ? 当然、兄貴が出張ってきたわけよ」
「マジかよ……どうだった?」
「そりゃ、最っ悪だったな。俺は二度と顔も見たくねぇってのによ」
「うわあ……」
団員たちは一様にドン引きし、同情の目を向ける者、怒りを滲ませる者、それぞれの反応を見せた。
「つーかさ、お前の兄貴、今もまだお前を手元に戻そうとしてんの?」
「当然だろ。アイツの中じゃ、俺は今でも“箱庭の中の弟”なんだからな」
「……マジで、やべぇな……」
団員たちはため息をつき、酒をぐいっと飲んだ。
「でも、ジゼル」
一人の団員が、くいっとグラスを傾けながら言う。
「今はもう、ここにいるんだぜ?」
ジゼルは一瞬目を見開いた。
「……そりゃ、まあな」
「ウチの団長はテキトーでクソみてぇなやつだけど、こういう“家族の事情”にはわりと理解あるぞ?」
「それに、俺らもさすがに“お兄様に攫われました”なんて話、聞きたくねぇからな」
「そうそう、せっかく厄介事抱えたんだ。これからもちゃんと面倒見てやるぜ?」
ジゼルはしばらく沈黙し、やがて苦笑した。
「……まったく、お前らも面倒くせぇ連中だな」
「お前が言うか」
「ははは!」
「ま、ひとまず飲めよ、ジゼル!」
「おう、今日はお前の歓迎会だからな!」
ジゼルは仕方なさそうに酒を煽った。
——銀の箱庭を抜け出し、猛獣の檻に入ったジゼルは、少しだけ息をつくことができた。