その人はシャーロット家の誇る才媛
シャーロット家第14女、スムージーは歓喜に打ち震えた。
もちろん重要職──将星と呼ばれる幹部の1人──に任命されたからというのもある。その努力を認めて貰えたというのもある。だが一番の理由は、
また1歩、夢に、理想に近づいたから。
また少し、あの人に近づけたから。
「〜〜〜っっ!!」
スムージーだってまだうら若き乙女だ。公の場では冷静で凛々しい姿を見せるが、誰もいない、いたとしても身内だけのような場所──つまりこのホールケーキ城──では声にならない叫びと共にガッツポーズだってしちゃうのである。
「っ!早く報告しないと……したい!」
神というものが存在するなら、それは彼女に多くを与えた。美しく整った顔立ち。足長族に生まれたことを差し引いても抜群のスタイルの良さ。明晰な頭脳。将星に選ばれる程の実力、才能。
ああ全く。彼女は神に愛されている。
「ああ……姉さん!」
彼女が会いたいと渇望していた人が、今まさに目の前より歩いてきたのだから。
* * *
私には、幼少の時分より追いかけている人がいる。
シャーロット家の白百合。ビッグ・マ厶海賊団の誉れ。お茶会の華。弟妹達の憧れ。海賊達の理想。
私の大好きな人はそういう言葉が似合う素敵な人だ。カタクリ兄さんのように“全弟妹達”にとまではいかずとも、ほとんどの者は憧れの姉として名を上げるだろう。(かくいう私も1番に上げる)
私が物心つく頃には既に海賊団の一員として活躍していた。
「ゲストの皆々様。おいたはいけませんよ……もっともシャーロット家のお茶会に野蛮な方はお呼びしていないので、もうゲストですらないのですが」
そう微笑むと、姉さんはお茶会に乗じたママの叛逆者を拘束、始末した。何人もいたというのにかすり傷1つつけず、ただスカートの土埃を払うのみだった。
私が8歳の時の話だが、未だに覚えている。「あの姿が私の目指す姿だ。目に焼き付けろ」と、私の心が叫んでいた。
私達はあの人の凛々しい姿を見て育った。例え目の前で誰かが殺されても、血塗れになっても、見るも無惨な拷問をされていても、あの人は眉一つ動かさない。むしろ何でもないかのように天気の話を始めるくらいだ。(話題選びが独特ではあるが、天然っぽくて可愛い、そういうところも好きだ)
全世界に恐れられるママ。対して姉さんの名は表の世界には轟いてはいない。しかしただの暴力なんてご愛嬌、脅迫は毎日のおやつ、暗殺裏切り騙し討ちが日常の裏社会で、あの人ほど恐れられている人もそうはいない。名を出すのもはばかられるような闇の重鎮達でさえ姉さんには怯えてしまうのだ。
本当に、姉さんの妹として生まれることができて私は嬉しい。
その道のプロに恐れられる姉さん。それなのに、日常生活の仕草からはそんな1面は伺えない。
普段の姉さんはまるで聖女のように優しい。
敵に容赦ない冷酷な言動からは考えられないほど、あの人の弟妹私達を見る目には、呼ぶ声には、撫でる手のひらには、慈愛が満ちている。もちろん他の兄姉もすごく優しいし愛してくれるが、あの人の愛情はずば抜けて暖かくて深いのだ。
弟妹は願う。
姉さんに褒めて欲しい。
優しく頭を撫でて欲しい。
姉さんの自慢の弟・妹でありたい。
兄弟の中でも年長に入るあの人には70人を余裕で超す弟妹がいる。どうしても独占なんてできない。でもこういう時だけはそれが許される(と勝手に思っている)。
将星に任命されるという他の弟妹達にはない私だけの──既にカタクリ兄さんとクラッカー兄さんも任命されているが、今回新しく任命されたのは私だけだ──名誉、功績。
なら、少しくらいならいいだろう?今だけ、数多いる弟妹を見守る姉さんの視線を、いつも考えてくれている姉さんの思考を、私で独占したって。たまには。こんな時ぐらいは。
* * *
私は廊下の向こうから歩いてきた姉さんに駆け寄った。「廊下は走らない」と叱責はされたが、それすらも嬉しくなってしまうのだから、自分でも重症だと思う。
「聞いてくれ姉さん!ママに将星に任命されたんだ!」
「そうなの?すごいじゃないスムージー!さすがだわ」
464cmの私と305cmの姉さん。手長族ではない姉さんでは、どれほど手を伸ばそうと私の頭に届くことはない──本来なら。しかし姉さんは私を撫でてくれる。自身の能力を使って踏み台を創り出して。精一杯手を伸ばして、撫でてくれる。
昔から変わらない、姉さんの手。ああ、幸せだ。
「うん。これでまた1歩、姉さんに近づけた」
はにかみながら私は喜ぶ。すると姉さんは困ったように眉根を下げる。
「とっくの昔にスムージーは私なんて追い越しているわよ。背も懸賞金も、抜かされて久しいわ」
「いや、まだまだだ。姉さんに比べれば私は未熟者。もっと研鑽しなければならない」
「でも……私じゃなくて、カタクリやクラッカーを目標にした方がずっといいと思うのだけれど……」
「何を言い出すのだ。姉さんだって素晴らしい人だ。確かに兄さん達も強くて完璧な人だが、姉さんも負けてないだろう、謙遜しないでくれ」
「………………」
毎度の事ながら、なんて私の姉さんはしおらしい人なのだ。私の言ったことは全て事実だというのに。
私も憧れの姉さんのように冷静で気品のある立派な海賊になれるよう努力しているが、どうしても本人の前では顔が緩んで“妹”の顔をしてしまう。シナモン達の言うキラキラ輝く瞳をしてしまう。クラッカー兄さんの言う尻尾をブンブン振る大型犬のようになってしまう。うるさい!2人と兄さんも、姉さんの前だと同じようになってるだろ!
「そういえば、姉さんは何を?」
「……え?ああ、えっと……今度やるコラボについて資料をまとめたくて」
「確か姉さんの島はコムギ島とだったか?」
「ハァ……気が重いわ。カタクリ書類仕事嫌いだからまともにやらなくて、毎回コムギ島まで出向かないとだし。それに他の子達も相談に来るのよね」
「でも姉さんなら取りまとめられるだろう?いつも事務仕事で弟妹達に頼られてるし」
「…………ええ、おかげで自分の仕事がすごくたまってる」
「そうか、大変そうだな」
「大変よ。私は一人しかいないのにみんなして頼ってくるんだもの……スムージー少し「だが姉さんなら大丈夫だ!」手伝っ…………そうね。まぁ何とかしてみせるわ」
姉さんは島の運営や連携などの書類仕事にも精通している。武力だけの人ではないのだ。一番そういうことが得意なのはペロス兄だがあの人は長男としての責務──例えば外交や交渉でのママの代理──もあるから忙しい。だから姉さんが新任の大臣達の指導を担当している。その流れでみんな困ったら姉さんを頼ってしまうのだ。戦闘は得意だがデスクワークは苦手だという兄弟も多いのに、この人は…………本当に非の打ち所が見つからない。
「でも羨ましいな。カタクリ兄さん」
「どうして?」
「私も姉さんと仕事したい……あ」
しまったと思う頃にはもう遅く。常々思っていたことはポロリと口からこぼれていた。……子供っぽいと思われるだろうか?ヤケになって頬を膨らませる。
私と姉さんの得意菓子ではコラボなどは難しい。今まで何度かあったコラボ企画でも、1度も姉さんと組むことは無かった。少々拗ねているのは認める。だってカタクリ兄さんとはこれで3回目だしお茶大臣のドスマルシェ兄さんに至っては相性いいからって5回もしてるんだぞ!ずるい!私も姉さんと組みたい!!
「そうね……それじゃスムージー。今回の企画が終わったら、新作お菓子、一緒に考えてみましょうか」
「っ!いいのか姉さん!」
「どうしたらダメになるのよ」
コロコロと上品に笑う姉さん。絶対!約束だ!と手を握り、私は姉さんと別れた。嬉しい……嬉しい嬉しい!!もっと早く言えば良かった!
天にも昇る気持ちとは、きっとこういうことを言うのだろう。本っっ当!姉さん大好きだ!!
* * *
「ハアアまた言えなかった……しかもまた仕事増やして……しょうがない。だってスムージーすっごく期待してたんだもの。いつも頑張ってるんだし、ご褒美よご褒美。大丈夫どうにかなるわ。頑張れ私……調整すれば大丈夫。きっと……きっと大丈夫よ……」
* * *
シャーロット・スムージーは気づかない。
彼女の憧れの人は、どうして己が褒め称えている時いつも謙遜するのか、その真意に気づかない。
シャーロット・スムージーは考えない。
彼女の憧れの人が、己と別れた後どのような表情をしているのかなんて考えない。
シャーロット・スムージーは思わない。
彼女の憧れの人は、己が見たままの人ではないなんて思わない。
シャーロット・スムージーは知らない。
彼女の憧れの人の素顔も本心も……“完璧な姉”の仮面の下がどうなっているのかなんて、何も、何一つとして知らないのだ。