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【Age 40 】ツギハギだらけのクーベルチュール



 とうとうシャーロット・シラタマは、かつての未成年だった己の倍以上の年月を生きた。何とか非常識なこの世界にも慣れ、“常識”をきちんと身につけた大人の女性へと成長した。
 今では海賊団の立派な構成員。名の知れた賞金首。ビッグ・マム海賊団を影で日向で支える柱の一人。それもただの娘ではないのだ。弟妹達にとって、彼女は特別な兄姉の一人なのだ。


──強く気高く美しく、優しく慈しみ愛してくれる。
──しかし敵には冷酷かつ残忍、存在することさえも後悔させる。


そんな“シャーロット家の華”は、弟妹達の憧れの1人であった。


* * *


 長い小豆色の髪をなびかせてコツコツと歩く。
抱えているのはミルフィーユのように重なり積み上がった書類。しかしその重さなど感じさせずに、優雅な足取りで彼女は進む。

“立てばティラミス座ればマカロン、歩く姿はザッハトルテ”

 そんなことを言い出したのは誰であったか。彼女はまさしくソレを体現する人だった。
その人の名は──

「シラタマ姉ちゃん! 久しぶり!」

…………後ろから声をかけられた。声の持ち主は私の愛しい弟の1人。

「ええ、久しぶりねババロア。元気にしてた?」

 クルリと振り向き微笑む。
 「元気だよー」と答えながら20m程の距離を詰めるためにタタタッと走る弟は、いくつになってもどんなに大きくても可愛らしい。

「2ヶ月しか経ってないのに、また大きくなったね」
「嬉しい! 姉ちゃん前に会った時のこと覚えててくれたのか」
「大好きな弟に会えた日くらい、覚えてて当然でしょ?」

 背伸びして頭を撫でる。
 ババロアは気恥ずかしそうに、だが拒絶せず、嬉しそうに顔を綻ばせた。

「それにしても姉ちゃん大荷物だな。どうしたの?」
「粉大臣に急ぎで確認して欲しいものがあって、直接出向くことにしたの」
「そっか、【大変そう】だ」
「!……ええ、ちょっと重くて大変。だから、」
「でも全然そう見えなかった! やっぱり姉ちゃんすごいな!」
「っ……だって、姉ちゃんですもの」

軽く談笑した後に、ババロアと別れた。

──「だから、手伝って欲しい」

そのセリフは、今日もまた飲み込むことになった。


* * *


 再びコツコツと歩き、目的地に到着した。リズミカルにコンコンとノックして、「もう開けている」という言葉を合図に扉を開ける。そこには、相変わらず口を隠し続けている私の“特別な”兄弟がいた。

「分かった、そこにかけろ。そしてその他人行儀な口調はやめろ」
「ごきげんよう、粉大臣殿。来月の島同士のコラボ企画について確認がありまして……未来読むのやめてよ、やりにくい」

 ため息をつきつつ、指されたソファに座る。目の前のテーブルに資料を広げると、隣に来たカタクリと相談を始めた。


* * *


 多少は意見の食い違いもあったが、最終的にはお互い納得する形に落ち着いた。資料をまとめて立ち上がり、部屋を後にする。

否、しようとした。

「……少し疲れたから、休憩させろ」

カタクリが優しく私の腕を引く。

「分かった」

 未来を見て既に知っていたのだろう、私が答える前に、カタクリは社──彼がメリエンダの時に形成するものよりは簡素だ──を完成させていた。もう何度も出入りしているので感動はしないがいつ見ても秀美だと思う。

 そして私は社の中の餅でできたクッションの上に正座すると、寄りかかるカタクリを受け止めた。


──“休憩”が未だに続いてることを知ったら、昔の私はどんな反応をするのだろうか?


 私が抱える悩みの1つだが、目を瞑ってくつろぐカタクリは、そんなこと全く気にしていないように見える。まあ、あの後に私が「リクライニングチェアで代用できるんじゃ……!?」とハッとした時も、「シラタマがいないなら休憩しない」という謎理論で続行させたのこいつだしな。

 長いため息をつくと、ファーがカタクリの口元からズレないよう注意しながらそこに額をぐりぐりと押し付けた。

四十路になってもまだ続いている不思議な行為。
嫌ならやめればいい、カタクリはそう言ってくれるけど、でも私は…………


──むしろ私の方がこの一時に縋ってしまうようになったと知ったら昔の私は…………カタクリはどう思うのだろうか?


……今日会ったババロアぐらいの子達からだろうか?
もう少し上の、スムージーぐらいの子達からだろうか?


一体誰が言い始めたのか。
一体どの子達からそう思い始めたのか。

一体いつの頃からだろう?


慈愛の塊。シャーロット家の白百合。優美さの手本。冷酷。残忍。畏怖の象徴。


私を例える言葉が、そんな仰々しいものに変わったのは。


 16歳のあの日。
 初めて自分の意思で人を殺めてから、私は感情を停止させ、淡々と物事を行う術を身につけた。もちろん今でも悪夢にうなされる。心を殺していても、斬る度にその痛さを想う。しかし、ソレを全く表に出さなくなったのだ。

 そのおかげかいつしか弟妹達の憧れ、なんていう名誉ある存在になった。


山ほどある書類?
重いに決まってる。

弟妹には優しく?
人に優しくするのは当然でしょ。

敵には容赦しない?
あなたたちがそう在る姉を望んだからでしょ。私だって、出来ることなら……。


 可愛い私の弟妹達。みんなは知らないでしょ?
 怖がりで臆病で小心者で泣き虫なシラタマなんて。想像も出来ないんでしょう?
 私が毎朝、凄惨な殺戮現場に遭遇した時に何を話すかシミュレートしているなんて知らないでしょう?(朝考えていることを機械的に話しているだけだから後で話題選びミスったなと思うこともある。けどみんな都合良く解釈してくれる)
 私が毎夜毎夜悪夢にうなされていることなんて知らないでしょう?


──ダイフクには、「お前らって奴は揃いも揃って……」と苦しげに呆れられた。


──オーブンには、「無理はするな。程々にしとけよ?」と心配された。


──ペロス兄とコンポ姉には、「困ったらすぐ頼るように」と寄り添われた。


──カタクリは…………じっと見つめてはきたけれど、何も、言わなかったな。



 今日もまた憧れの姉を演じる。
 大好きな弟妹達のためだ、いくらでも頑張ろうとは思える。

 けれど期待を裏切るのが、その時の失望が怖くて綻びが出そうな度に繕っていく。


ツギハギツギハギ、完成されたのは歪な偶像。


ごめんなさい、あなた達の大好きな憧れてる姉は存在しないの。
いるのはただの、震える脚を誤魔化しているだけの貧弱な女なの。


──逃げ道は、あの日に己から捨てた。

私は、シャーロット・シラタマとして生きることを選んだのだ。

もう許されない。
逃げるには殺した命が多すぎる。
背負ったものが大きすぎる。


 ……平穏な生活なんて、平和な暮らしなんて望む資格はない。

──死にたくない。

 その一心で生きてきた。その分踏みにじった命がある。摘み取った幸せがある。奪った平和がある。
 私の余生を全て捧げても足りないほどの罪業が私にはある。

 安らかな死など迎えることは出来ない。無惨な死こそ私にはふさわしい。それだけの事をした。ズタズタに引き裂いて、喉が潰れるほどの悲鳴を上げて、この世の責め苦を受け尽くしてから地獄に落ちる。私を待ち受けるのはそういう最期。むしろそうであるべきだ。


「……シラタマ?」
「っああ、ごめんなさい。何か言ってた?」
「いや、お前が暗い顔をしていたから、何事かと思ってな。…………シラタマ、一人で抱え込むなよ」
「ええ、大丈夫。何かあったらすぐ相談するし、頼らせてもらう」
「ああ、“家族”だからな。それに……ずっと側にいる、のだものな」


 そう言うと、カタクリは柔らかく愛おしげに目を細めた。私もそれに笑みを返す。

 休憩を終えて部屋を退出すると、「帰ったら、ババロアと会った日付を更新しないと」という言葉を口の中で金平糖のように転がした。



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