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【Age 11 】──



 逃げよう逃げようと計画しつつも、何だかんだ修羅場──ほとんどがママの食いわずらいだが──を乗り越えてきた私達の間には不思議な結束感が生まれていた。

 大切な家族のためになら何でもしよう。もちろん私も例に漏れず、優先順位第1位なのは兄弟姉妹。
 ママのために、家族のためにと教えて育ててくれたペロス兄には申し訳ないが、ママは2番だ。

 だってさ、いくらお菓子食べたいからって実の子を殺しかける??
何度兄を食いわずらいの前に立たせたことか。
何度姉にナポレオンから庇われたことか。
何度妹を抱えてゼウスから逃げたことか。
何度弟をプロメテウスから守ったことか。

 本当、ありえない。それでも──例えるならストックホルム症候群が近いのだろうか?──あんな人でも私たちの母親なのだ。平常時のママが「ちゃんと食わねーと大きくならねーぞ」と声をかけてくれるだけで口角が上がる。もっと、もっとと心が踊る。

 けれども毎日が恐ろしいことに変わりない。死にたくないのも相変わらず。どんなに愛着が湧いても、どんなに家族が愛しくても、私が20歳前にいなくなることは決定事項。その目標のためには、後腐れなく消えるためにはこれ以上親しくない方がベストなのは分かってる。いてもいなくても関係ないぐらいの存在の方が都合がいいのは分かってる。


それでも、私はソレを無視できなかった。


* * *


 私はその様子を、ドアにもたれかかって眺めていた。

槍が振るわれる。1突き、2突き、3突き。

フェイントを混ぜて、1薙ぎ、2薙ぎ、3薙ぎ。

 彼は部屋の中央で絶えず動き続けている。汗がぽたぽたと滴り落ちる。ここまで荒い呼吸音が聞こえてくる。

「……そろそろ休憩入れたら?」
「いらん……全部俺のせいなんだ。俺がもっと強くならないと」
「ブリュレの怪我は、あいつらがクズだっただけ。全部が全部カタクリのせいじゃない」
「俺が、この醜い口を晒していたから。俺が、舐められていたから。だからあんなことになったんだ」
「カタクリ」
「構うなシラタマ」

 ピタリと動きを止めてふぅと息を吐いた後、手の甲で額の汗を拭ってカタクリは宣言した。

「もう、決めたんだ」

 鍛錬を止めて、わざわざ私の目を見てまで言われたその一言に、私は何も言い返せなかった。

────完璧な男になる。

その決意が、願いが、他でもない私たち兄妹のためのものであると、知っているから。



──君はどこまでも責任を背負おうとするから



 戦闘に参加するようになって何年か経つが、何度でも言おう、私は海賊稼業が怖い。人を嬉々として、簡単に傷つけ殺してしまう兄妹達が怖い。肉が切れるぶちぶちという音も、きらめく刃も、断末魔の叫び声も、未だに慣れない。むしろ慣れてたまるか。
 普段の戦闘でも殺さずに気絶させている。しかし半壊または全壊した船で生き残ったところで、そこは海王類のはびこる新世界の海、他の海賊に襲われる可能性もある。私が殺さなかったとしても“家族”の所業を止められない時点で何も変わらないのだ。それでも私は祈る。どうか死なないでくださいと、生き延びてくださいと。



 そんな私でさえもあの事件には、真っ赤に染まったカタクリの姿に初めて賞賛と感謝を覚えるほど憤っていた。

 いつもなら浮かんでくる、何も殺すことは……という思いが欠片も出てこなかった。それどころか、殺されて当然だとも思ってしまった。


 その事件──私達の可愛い妹の1人、ブリュレが襲われて顔に深い傷を負ったのは記憶に新しい。カタクリに敗れた奴らが、腹いせにブリュレを襲ったのだ。
 情けないことに私は可愛い妹が苦しんでいるというのに、その手を握って声をかけることしか出来なかった。

 これは蛇足だが、その日から私も医学を学び始めた。もし同じことが起きようと、今度は治してあげられるように。もう二度と、あんなもどかしい思いはしたくないから。


 話を戻そう。
 だいたいカタクリの何処が悪いって言うんだ。口が裂けてる?だからなんだ。身内という贔屓目なしに見ても十分かっこいい面してるだろ。1回家に帰って鏡見てこいや。カタクリとてめぇらとどっちが醜い!?一目瞭然!月とスッポンだろうが!!

 あれ?違う違う。また話がズレた……ええと……ああそうそう。
 でもだからと言って家族にすら弱味を見せないなんて、そこまでしなくてもいいんじゃないだろうか?

いつもクールで完璧な男。

 事情を知っている兄弟の前でくらい、その重たい仮面と重圧から逃れてもいいんじゃないだろうか?


* * *


「……シラタマ。あと30分くらいでメリエンダだ。部屋を出てくれ」

あぁ、もうそんな時間なのか。

 カタクリは家族にも口を晒さないことに決めた。だから、今までは兄弟揃って楽しんでいたメリエンダも1人で取るようになってしまった。私たちが何を言おうと、カタクリは意志を曲げなかった。
 それでも、出て行きたくなかった。

「……嫌だ」
「っシラタマ! 早く出てけ!」

 どんなに怒鳴られようと、私はこいつを1人にしたくないんだ。背に載せた荷物を降ろさせることができないのなら、せめて少しでも軽くしたいんだ。



だって、カタクリも私の大切な大切な兄弟だから。



「…………なら、ちょっとこっち来て」

小さな頭を回転させて、ようやく導き出した答え。

「何でそんな事」
「いいから。来てくれたら部屋出てくよ」

それはとてもくだらないものだけど、それでも

「はぁ……本当だな?」
「うん、約束は守るよ。メリエンダにかけて誓う」

それでも、私に出来ることはそれぐらいしか思いつかなかった。

 私の目の前に立ったカタクリに、後ろを向くようお願いする。カタクリは優しいから、何だかんだお願いを聞いてくれる。その優しさにつけ込んだ私は、不意を着いてカタクリの足を払うと──正面戦闘では到底敵わないが、このように不意をつけば体勢を崩すぐらいはできる──そのままカタクリごと背中から倒れた。

 全神経を集中させないとカタクリには通用しないので、尻もちをつき鈍い衝撃が走る。
 とても痛かったが、どんなに痛くても、たとえこれ以上の痛さでも私はこの手を離さないだろう。

「〜っ! 俺は地に背をつけない! そういう完璧な男になると言っ─」
「背、つけてないよ」

 言葉を遮って告げると、カタクリはポカンと呆けた顔をした。

「だから、カタクリは背中を地面につけてないよ。今のカタクリは、私にもたれかかっているだけ」

 カタクリの今の状態。
 それは私が壁に背をつけて座って広げた足の間に腰を下ろし、私の鎖骨あたりに頭を乗せて脱力したものであった。そして私はそんなカタクリを、後ろから腕を回して抱きしめている。

「これなら、カタクリは背をつけていないでしょ?でも立ったままや、ただ椅子に座るよりもずっと楽だと思う」
「……確かに楽だが、シラタマに無理をさせる」
「無理なんか砂糖1粒分だってしていない! 」

「私はもう貴方の決意を邪魔しない。完璧な男、応援するよ。でも、それでもね」

さらにぎゅっと腕の力を強める。

「もしも辛くなったら、疲れたら、こうして頼ってよ。そりゃ私はカタクリよりずっと小さいし力もないし弱いけど、私だってカタクリを守りたい。私もカタクリに、無理して欲しくないんだ」
「シラタマ…………」

 しばしの無言。お互い何も言えなかった。
海の音と、遠くではしゃぐ幼い弟妹達の声以外は、何もなかった。

 穏やかな、しかし少しの衝撃で崩れてしまいそうな儚さが、その空間に満ちていた。


* * *


 静寂を破ったのは鐘の音。あと5分で3時がくるぞと、メリエンダだぞと騒ぐ、時計のホーミーズの鐘の音だった。

「シラタマ、メリエンダの時間だ」

 悔しいけれど時間切れ。結局カタクリは少しも体を預けてくれなかった。
 ゆっくりと立ち上がると、手を差し伸べてくれる。それに甘えて引っ張ってもらい立ち上がると、今度は正面からカタクリに飛びついた。

 驚きながらも抱きとめてくれるカタクリ。つま先立ちで──そのつま先すらも地についているか怪しいものだが──カタクリのファーに顔をうずめる。

「ねぇカタクリ。3時には、絶対みんなでメリエンダしようね。そしたら、離れた所にいても一緒に食べてるようなものでしょ」

 約束だよ、と声に少しだけ涙色が混じるのは気のせいだ。

「私たちは……私はどんな時も、いつだってカタクリの側にいるからね。家族なんだから」

 顔を見せたくなくて、パッと離れるとすぐに部屋から飛び出した。お菓子を運ぶシェフ達とすれ違う。甘い甘いドーナツの香りがした。


─きっとカタクリは大喜びするだろうなぁ、ドーナツが大好物だから。


─きっと幸せそうに頬張るんだ、だけどもう二度と見れないんだなぁ。


─私は好きだったよ、カタクリの大きな口が。


─醜くなんかない、その大きな口で美味しそうに頬張る姿が大好きだったんだよ。


 楽しい楽しいメリエンダ。
 カタクリと約束したのだから、同じ時間に同じ甘い甘いドーナツを食べないといけない。

 それなのに私の口の中に広がるのは、途方もないほどの塩味だった。


* * *


 あれから数日。私は3つ子と一緒に船内でかくれんぼをして遊んでいた。クラッカーだけ見つけられなくて半べそになっている鬼のエンゼルと、最初に見つかって悔し泣きするカスタードを宥めながら、手を繋いで歩いていた。

「なあエンゼル、カスタード。シラタマを少し借りてもいいか?」
「カタクリ!?」

 背後から声をかけてきたのは、先程まで鍛錬していたのか、汗だくなカタクリだった。額を伝う汗が、髪を滴る汗がてらてらと光る。おー、汗を拭う姿でさえも画になるなー。少し息も上がっている。……そのせいか、口元を覆うファーが苦しそうに見えた。

「いや!」
「だってまだクラッカー……ク"ラ"ッカ"ァ"がああ!!!」
「よしよし。あのね、クラッカーだけ見つからないの。もう少しだけ待って」

 再び泣き出してしまったエンゼルの頭を撫でながらカタクリに説明する。するとカタクリは数秒目を瞑り、そして答えた。

「……クラッカーなら、白い大きな洋服タンスの上に隠れている。とても高いから、ホーミーズの助けを借りろ」

 途端に泣き止むエンゼル。キラキラした目で「カタクリお兄ちゃんありがとうー!」と叫びながら、エンゼルの手を引いて駆け出すカスタード。そしてポカンと開いた口が塞がらず、置いていかれる私。

「ほら、行くぞ」

 腕を掴まれ、引っ張られる。何が起きたのか私が理解したのは、カタクリがある部屋の扉を開けた時だった。

「もしかして今のって見聞色の覇気!? とっても難しいって、ママもシュトロイゼンも言ってたのに!」
「まだまだだ。時間をかけて集中しないと使えないし、範囲も狭い」

 興奮する私に対して、そんなことより……と呟くと、私をじーっと見つめてくる。目と鼻ぐらいしか見えていない顔からは、表情なんてものも伺えず。私もじーっと見つめ返すことしか出来なかった。

「……いいから、座ってくれ」
「???うん」

 とりあえず指示された場所に座る。するとぽすっと、カタクリが私の前に座り、私にもたれかかった。

 見つめていたのは、そういうことだったのか。この体勢は、数日前のそれとほとんど変わりなかった。

 ただ1点、カタクリが前回よりもずっと重かったこと以外は。

「……鍛錬に、一区切り、着いたから。それで、時間を確認したら、メリエンダまではまだまだあったから………………少し、休憩しようと、思った」

 顔は見えない。でも赤く染まった耳と、片言なしゃべり方。何も言わなくても分かる。
 無性に嬉しくなって私はギューッと、この間のようにカタクリを抱きしめる。

「なぁシラタマ……その、また今度……疲れたら、頼んでもいいか?」
「うん。いくらでも休憩してね。たくさん頼ってくれていいよ」
「……ああ。“家族”、だもんな」

 ふふふっと笑みがこぼれた。
 今、世界一幸せなのは間違いなく私だ。満開の桜のような幸福感で満たされた。



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