君の痕跡だけを辿って


「おいコハク、いい加減にしろ」

「だーから何度も言いますがねぇ。アンタの言う条件に当てはまる遊女は全員紹介しましたって!」

「ンなはずねぇよ。まだいる。隠してるだろ」

「あのねぇキングさん! アンタがカイドウ様の懐刀だからってんで特別に身請けされた遊女の情報まで出したんです。それでいないのならもうこの国にはいませんて!」

「お前が把握してない遊女がいるはずねぇ。もっとちゃんと探せ」

「だからあーもう”!! そろそろ本格的に見世あける時間なんで勘弁してくださいよー! ここの稼ぎから上納金出してるんですよ!?」

「チッまたくる」

「はいどうも。ぜひ“客として”来てくだせぇ」

 
 じろりと俺をひとにらみしつつもやっと立ち去ってくれた大男に一安心し、どっと汗が噴き出る。椅子にもたれて手拭いで拭いているとポキポキと節々から音が鳴り、体のこわばりを実感する。ああ疲れた。これから仕事だってのに。指示を出すために腰を上げかければ、部下が気を使ってくれたのか「少し休んでいてください。今日は将軍様たちのような大物のご予約はないので」と言ってくれたのでどっかりと座り直した。手拭いも顔にかけて、紫の瞳も覆い隠す。
 何度訪問されても慣れない。怖くて恐くて仕方がない。百獣海賊団大看板、「火災」のキング。この国を牛耳る組織の一人。しがない番頭風情じゃ手も足も出ないで殺される。同じ地位のクイーンの旦那はまだ下々にも気さくで親しみやすいお人だがキングの旦那は違う。話に効くその姿勢は厳格そのもので残酷非道、無慈悲な冷血漢。できることなら関わりたくないお方だ。

 そんな彼には有名な話がある。「火災のキングは運命の花嫁をずっと探している」というものだ。ちなみに本人に直接言ったらどうなるかはやらかした彼の部下が実証済み。人間ってあんなに黒焦げになれるんだなぁ……。

 話を戻そう。その昔、キングはそれはそれは美しい女に出会ったらしい。艶めいて風になびく栗色の髪に紫紺の瞳。陶器のような白肌。名前も聞けないまま別れてしまいそれっきりだそう。唯一の手掛かりはそいつは花の都の遊女である。ただそれだけ。以来キングは彼女にご執心で、こうして時間ができれば花の都で手掛かりを探すのだ。


 固めて後ろに流していた黒い前髪がはらりと額にかかる。本当はすぐに撫でつけて戻さないといけないが今は休憩中だし構うものか。総番頭だって時には羽目を外したい。できねぇけど。
 おれは遊郭内の管理職である番頭、そのまとめ役を務めている。だから花の都にいる遊女全員の情報が頭に入っており、そのためにこうして業務時間もお構いなしに来訪するキングに利用されている。愛し君探しなんて傍からすればかわいい話だが、巻き込まれる側はたまったもんじゃない。



 栗色の髪? 紫紺の瞳? 陶器のごとき白い肌? いねぇよそんな遊女・・



 だってそれ、おれだもん。





 あ‶あ‶ァーーーー!!! もう何だってそんなことになってんだよ! さっさと忘れろ馬鹿ヤロウ!!!



 おれは物心がつく頃、口減らしに捨てられた。くそが、捨てるくらいなら産むんじゃねぇよ。その後、野生動物のように飯を求めて彷徨ってたら拾われた。生ごみをあさったり、野犬と取り合うにも限界はある。いずれ栄養失調か怪我病気でくたばってただろう。まぁ、そいつが陰間茶屋の元締めだったのは果たして幸か不幸か。

 陰間茶屋を知らないってーなら自己責任で調べてくれ。簡単に言うと遊女の男版。元服してないやつは我慢しろ15歳以下はやめてね、理由は察してくれ。

 まあ、天職だっただろうな。きちんとした食事を与えられるようになったおれはそりゃ可愛くて、紅顔の美少年という言葉が良く似合うガキだった。その道では大人気だったんだぜ? 流石に陰間だから、今人気急上昇中の小紫みてーに民衆全員に知られてる訳じゃなかったけどよ。なかなか稼げたし、借金返済したら自由になれるって確約されてたこともモチベ維持につながった。



──キングに会った日のことはよく覚えてる。昼見世の客に甘えておねだりしてちょいと羽目を外した。義父でもある元締めはおれが真面目なのもあって今回だけはと見逃してくれた。あの木の上は海が一望できて最高だったなぁ。そしたら身なりの立派なガキ──明らかにおれより年上だったけど──がいて太客になるかと思ってちょっかいをかけた。
 いやまぁ実際かっこよかったし?? あんな大きな翼に顔には刺青とか何それ男らしすぎ。炎操るとかも浪漫じゃん!?

 だがしかし、帰ればなんとビックリ玉手箱! 彼は将軍様お抱えの海賊団の幹部格、そして絶対素顔を晒さないときたもんだ。見たやつは全員この世を去っているとのことで…………


 あ、次はおれのばん???



 ソッコーで身請け金稼ぎきって足洗った。あと数年で年季明けるなぁ、のんびりやるかぁって思ってたけど予定変更。人生で1番働いた時期だった。まじ重労働。睡眠なんて二の次で客とってたから色の濃いクマが沈着しちまったよ。最後の方は化粧で誤魔化してた。

 おかげで今は目付きが悪くてあのころの面影もない。番頭やる分には舐められにくくていいんだけど。


 陰間をやめて、完全にこの業界から離れられたらよかったんだが、生憎おれはこの世界以外での生き方を知らない。でも逆を言えばこの業界については詳しかったから、番頭として雇ってもらい。自身の経験も生かして地道に働いていたら、この若さで総番頭にまで登りつめた。一番の出世頭だ。まぁ、そのせいで花嫁もとい自分の素顔を見た女を探しているキングと関わることになっちまったんだけどな。一応、髪も真っ黒に染めて、あの日の所持品はほとんど処分したから下手を打たなきゃ気づかれないとは思うがいつもひやひやする。ほんと噂話のように好いているってぇならまだしも、真実は殺害予告だから笑えねぇ。


 本音を言えば外の世界に逃げたいけど、この鎖国下でそれは許されない。
 許されるのはかの海賊団が遠征に出る時だけだが、海賊団の一員になった日にゃ、キングが花嫁探しに駆り出すんだろう。


 再三言うが、それ俺だから。絶対見つからねーよ。頼むから早めに諦めてくれ。




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