いい子・悪い子・言えない子
追いつけ追い越せとばかりに仕事をこなし、一息ついた頃。引き出しにしまって以降、忘却の彼方へ移住していた手紙を現実に連れ戻した。
さて、と。アリバイ作りに飛脚の届けた他の手紙に紛れ込ませよう。見つけるのは、そうだな、おれじゃない方が都合がいい。いつも通り恋文担当に女たちへ手紙を振り分けさせて、余った宛先が例のアイツであるソレを、おれが何食わぬ顔で受け取る。そして驚き、いつぞやのように呼び出すのだ。──また探し人から連絡が入った、と。
・・・・・
渡して封を開けてもらったはいいものの、案の定崩し文字が読めなかったキングに代わって内容を読み上げる。あぁ、容姿について書かなくて正解だった。
しかし我ながら酷い文だなァ……雅の欠けらも無い。だが、この人には十分だったのだろう。むしろ、そんなものどうでもよかった。
『烏天狗様へ』の一言を唱えた瞬間、空気が一変した。今までに感じたことのない重圧。彼から零れた言葉は「そうか」という相槌のみ。だがそこから滲み出るのは、その感情は、一体なんだったのだろうか。おれには何もわからない。
キングはおもむろに立ち上がると俺を見下ろして「手がかりが見つかった。来い。出るぞ」と命じた。
・・・・・
キングは悠々と、おれは置いていかれぬよう小走りで街を進む。はっはっと少し早い息は白く、だがそれほど寒くもない。この人の後ろって炎がある分あったけーんだよなぁ。
昨日降り続いた雪は見慣れた街を白く染め上げる。もう冬も終わり頃だというのに珍しい。ふいに目の前の男の足が緩んだので俺も合わせて足を休める。息を整えるついでに、はあああ、とため息をついた。もう何度目だろう。
てかさー、ここまでしてなお解放されないってどゆことー???? いいじゃん、死ぬんだぜあんたの容姿を知る女は!! 探す必要なくない?? 死体をこの目で見ないと安心できないんですかそうですか。ちくしょう。あーもうこうなったら偽装死体でも作ろうかな! 死体なんざ、性病でも餓死でもその辺にいくらでもいるし!?!? 周辺の身内に口止め料払えばいいよなそれで!!
あーあ。と目の前にそびえる黒い翼越しに空を見上げる。同じ街から見上げているのだからいつも通り変わらない空だ。たまには違うものが見てみたい。
砂の海の上からとか、チョコレートの山の上とか、海底からとか。いっそのこと雲の上から空を見るとかさ。ん? その場合俺は空を見上げるんじゃなくて見下ろすのか? まぁどうでもいいかそんなこと。
この職に就いてもう何年だろう。色んなことがあったなあ。
総番頭になって早々にこの人が訪ねてきた時は人生終わったと思った。もうバレたんだとばかり。けど、案外身が持つもんだな。あの時はついに年貢の納め時かと悲観してたけど…………まあこのままだと過労死まっしぐら。運命の花嫁にしろコハクにしろ、結局この人に殺されるんだなあ。
探すついでに九里の徴収にも付き合わされたな。鬼ヶ島まで連れ回されたこともあった。懐かしいな。花の都から出たことなんてなかったし、楽しいプチ旅行にはなった。まあキングと四六時中一緒だったから、胃痛が酷かったよね。でもおれの世界は花の都、それも遊郭街という狭さだったから……外、出たいなぁ。
もうさ、ここまでしても無駄なら出国した可能性を匂わせてみたらどうだろう? 大看板であるこの人ならきっと自由に遠征できるだろうし。そしたらおれも連れて行ってくれないかしら。まあ、海賊でもないただの番頭をそこまで連れ回したりはしないよね、あーぁ。
雪道をゆっくり歩く。いや、キングの後ろをついて行くと雪解け道だ。ベチャベチャと草履が汚れていく。おろしたての着物の裾も汚れていく。遠出する予定もないし、この人の相手もするしってんで上等なの着て来ちゃったんだよなぁ。もったいないもったいない。
「おい」
「なんでしょうか?」
「……運んでやろうか。その着物、外着じゃねぇだろ」
……驚いた。この人もそんな気を回せるのか。ちょっと恐ろしすぎてごめんこうむりたいけど。
「いえいえ。お気遣い痛み入ります。キングさんのお手を煩わせるわけにはいかないので」
そうか、とだけ呟いてキングは再び前を向いた。ちょっと申し訳ない。でもその手に乗ったら乗ったで後が怖いし。おれも何か気の利いた話でもしようかな………あーーー。そうだ。
「キングの旦那。知ってます?」
雪が解けたら、春になるんですよ。
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