喉を鳴らす、骨を砕く
────コハク。
この国の人間でキングが最も関わり、そして口に出した名前だ。理由は、使える、という一点のみ。そこに特別な感情は何もない。何もなかったはずだった。
キングには忘れられない、忘れてはならない存在が一人いる。己の面を見た女。判明しているのはこの国の花街で遊女をしていたことだけ。
鎖国して長い国だ。すぐに見つかる、そう思っていたのだが。
何年経とうと、そいつは見つからない。
探し漏れがあるのか? いいや、コハクに限ってそれはない。見聞色の覇気を使わずともわかる。こいつはこの人探しにもう疲れ切っている。早く見つけたいはずだ。それでもなお見つからないのだから相当だろう。こいつの優秀さをキングは買っているのだ。
では、遊女ではなかったのか?
……ありうるかもしれない。それなら身請けされている遊女まで確認してもコハクが見つけられなかったのにも合点がいく。
幸いなことに事態は好転し、手掛かりが見つかった。何の変哲もない紙や墨でも何かしらの情報は得られるだろう。
だがしかし。
遊女、ではないのなら。
何故おれは未だにこいつを連れ歩いている??
・・・・・
「今いる遊女ですと……
捜査に乗り出したばかりの頃。俺の問いに対して即答してきたのはコハクだけだった。そしてすべて当たっていた。後日俺の元まで該当者の写真まで送ってよこした。調べてみるとこいつは最年少で総番頭まで上り詰めた腕利きで、就任以降花の都の収入が増加しているらしい。
コハクはどんな頼み事もそつなくこなした。人探しの件はもちろん、おれの管轄する島の経理計算や人員配置まで細かく。身請けされた遊女の情報も集めて来いと難題を出せば、数日後にはすべて上げてきた。
だというのに、彼女は一向に見つからない。
こうなってくると疑い始めるのは身内。そもそも、コハクが匿っていたら見つかるはずもないのだ。
だがそうするだけの理由がない。親戚だとしても、彼女はこれほど目付きが鋭くはなかった。瞳の色は近しいものを感じるが、黒々と痛んだ髪と焼け焦げた肌は似ても似つかない。似ていたならきっと代わりになったろうに。
コハクの過去を洗っても、番頭になる以前は分からなかった。家族はいないと言っており、事実そうした存在がいないのも確認済みだ。
しかし時折みせる所作がよい。いつぞやに見た文をしたためるその姿勢には思わず見とれた。おれに調査結果を見せる際の指先の動きも繊細で美しい。誰ぞかに指導を受けたものだろう。
部下の間でも度々話題に上っていた。
──あいつならワンチャン行ける。
──ふとした時の雰囲気がえろい。
──女だったら、上玉だ
──なぁ、今度攫ってまわさねーか? なに、あんな男一人。対してとがめられは
どうしてあいつらを殺したのか。未だによくわからない。ただ、なんとなく不快だった。コハクを、下賤な目で見やがって。
コハクは、おれの
・・・・・
雪道を歩く。背後からぺちゃぺちゃと音がする。コハクだ。音の感覚の狭さからかなりの速足であることが明かる。足を緩める。息を整える音がする。すう、はぁ、すう、はぁ、…………はぁーーーーーーー。
大きく息をついた。疲労がたまっているのだろう。目の下に濃いクマをいつもこしらえたコハクは花の都一頼られている男だ。おそらくほとんど眠れていないのだろう。
────気に食わない。
いっそのこと、番頭なんて職は取り上げておれの部下に召し抱えてしまおうか。人探しを続行させてもいいし、させなくてもよい。きっとコハクは飽き飽きしているだろうからそれ以外のことを任せるのがいいのかもしれない。こいつは何でもできる。
振り向いてみればコハクの着物の裾が汚れていた。
「おい」
「なんでしょうか?」
「……運んでやろうか。その着物、外着じゃねぇだろ」
手に乗せたついでに鬼ヶ島まで連れ帰ってしまおうか。それがいい。直属の部下にしてしまえば常にこうして連れまわせる。コハクなら、あの人を会わせてやってもいいだろう。こいつだけは特別に。
「いえいえ。お気遣い痛み入ります。キングさんのお手を煩わせるわけにはいかないので」
そうか。まあいい。このまま歩幅をこいつに合わせて緩やかにしたまま向かってしまおう。説き伏せるのは後でいい。
そういえば、コハクにまだ彼女を見つけた後の対応について伝えたことがなかったな。身の回りの世話を任すなら、先に伝えたほうがいいだろう。
「キングの旦那。知ってます?」
何をだ。
雪が解けたら、春になるんですよ。
目を伏せながら、コハクはそう告げてきた。
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