同じ今日を重ねて明日を探す
福音が俺達の耳に届いたあの日からもう5年近く。何が変わったかといえばまあ何も変わらない。相変わらずこの家は甚爾君の強さを認めず猿呼ばわり、俺もよそ者の雑種のまま。まだ薄暗い部屋からは抜け出せていない。そんな俺は9歳、あの頃の甚爾君より少し大きいくらいになった。なのに未だに記憶の中の彼にかなわないのは何故だろう。体格などの諸々全部負けてて悔しい今日この頃です。先日俺を蹴鞠だと勘違いしてるクソ野郎から逃げるのにたっかい木の上に登ったんだけど、降りるときに足を滑らせまして。遠目に気づいた甚爾君が受け止めてくれなかったら怪我してたね。いつもいつもお世話になっております。同じ天与呪縛でこうも違うか……!
「油断禁物」
「え、ちょまッ今休憩て言っっくぁwせdrftgyふじこlp」
甚爾君の一撃がわき腹にクリーンヒット。俺はカートゥーン作品のごとく宙を舞った。わぁさっすがぁ〜、生き物相手でも遠慮ない突きですねぇ。もうちょい優しさをください。
「やさしさで生き残れたら苦労しねぇんだよ」
「、は! てことはこの厳しさは俺に生きててほしいという甚爾君の願い……この痛みは甚爾君の、愛……!」
「わかったもう鍛錬付き合わねぇ」
「すみません調子乗りました許してください」
頬に手を当ててのときめきポーズから一転。スライディング土下座三回転半ひねり! プライド何それおいしいの?
「ほんとに弱いな。てかいい加減術式ぐらい使えよ」
「……術式あっても俺の場合、基礎の体術がないと意味ないでしょ。甚爾君に指先すら掠らないし。ね、もう一本お願い」
「おっし。……はい一本」
「ンギニャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
俺は甚爾君にお願いして体術の指南を受けるようになった。そして実感するそのすごさ。分かっていたけどこの人えぐい。動きに無駄がなくて気づいたらもう間合いにいる。それでもまだ本気じゃなくて俺のギリ対処できないレベルに落としている。その調整が絶妙で、俺が体捌きの一つを覚えたらまた違う動きで攻めてくる。ほんとなんで甚爾君見下されてんだろ。この人に鍛えてもらったら禪院家のレベル爆上がりでしょ。
おかげで俺は一方的にサンドバックにされる回数が減ってきた。今までは見つかる前に逃げるかくれんぼで見つかったらおしまいだったんだけど、今は一度囲まれても何とか逃げられるようになった。よっ逃げ上手〜。比較的弱い奴ら相手なら術式込みで迎撃できるようにもなったしね。これが実に効果的。あいつらプライド高いから負けたことを全力で隠蔽するし、でも敵わないことを知ったから報復せずに俺と関わること自体をやめる。今回は隠せても次は家人にバレるかもしれないしね。マジありがとう甚爾君!
あ、俺の術式は一応朝霧の相伝だったらしい。”朝霧の”だからこの家じゃ意味ないけど。なんで知ってるかって? くそじじ、直毘人様が教えてくれたから。ちなみに術式に関する
「喪失呪法」。物騒な名前をしているが実際はかなりピーキーな性能だ。
術式効果は大きく分けて2つ。1つが触れた相手の視覚や聴覚といった五感を奪うこと。もう1つが奪った五感で自身のそれを強化したり、逆に自分の五感を与えて他人を強化すること。要は
でも俺にはそんな協力プレイする相手はいないし、甚爾君に関してはそもそもバフの意味ある?って感じだし。どちらにせよ呪霊は呪力に引き寄せられるらしいし、自力でどうにかできなくなれば三途の川一直線。今のところ直接的な攻撃能力は持っていないため感覚を奪うことで相手を無力化、その後は奪った呪力を用いて自らの身体能力や武器を強化し、物理攻撃で押し切る感じかなぁ。実際の戦闘では肉体的な強さや技量が重要になるスタイルだ。だからこそ、こうして甚爾君に相手してもらえるのは非常に大きい。凡才の素人が上達する近道は優秀なお手本だ。
ここまでボコボコだと違う意味でツラいんだけどね!!
「もういいだろ。今日はここまでだ」
「あ、ありがとう……ござい、まし、た」
「ほら立て。一応猿小屋前の裏庭だが誰か来たら面倒だろ……瑞希?」
「自分で、猿、呼びはよくな、いよ……。あと、動けない……」
ため息をついて「お前もてめーのこと雑種呼びするだろが」と言いつつ手を貸してくれた。ほんともうそういうとこ。だいすき。
こんな家での暮らしは大嫌いだ。目が覚めたら前の家の見知った天井だったりしないかと夢を見る。
でも、こうして甚爾君の背中で揺られるとこれも悪くないと思えちゃうから。やっぱり甚爾君はすごいや。