二番煎じのしあわせくらいは
今日もまた、俺は甚爾君のもとで修業に励んでいた。今やっているのは呪力コントロール。とはいってもこれは甚爾君には習えないし、雑種の俺を指南してくれる物好きなんていないからほぼ自己流だ。作中で主人公がやってた呪骸使ったやり方なんてできないからなぁ……。聴力の関係上、常に呪力コントロールをしているようなものだから結構自信あるんだけど。
近距離はともかく、遠くの“聴こえ”に関しては結構ムラがあって、聞きたい場所や情報にチャンネルを合わせるのがなかなか難しい。こういう能力をカクテルパーティー効果っていうんだっけ? うまいことチューニングして情報の取捨選択ができるようにすることが、呪力周りでの俺の目下の課題。
「……あ、囃子の音が聴こえる」
「お前、厨房の会話聴いて今日の夕飯の内容当てるって言ってなかったか?」
「ヴッ……見てろよ今日こそ当ててやるから」
「真反対の方向の音聴いてるやつがよく言う。そうか、そういや今日だったなあ」
縁側に座って俺を眺めていた甚爾君がすっと塀へ顔を向けた。正確には、塀の向こう側。つられて俺もそっちを見やる。お祭りか……行きたいなぁ。
おぼろげな思い出に思いをはせる俺は、甚爾君が視線を戻していたことに気づかなかった。
「よし、瑞希草履もってこい」
「え、今日は体動かす気分じゃないって言ってなかった? 甚爾君がその気になってくれたんなら別に構わないけど……」
「馬鹿。鍛錬じゃねぇよ。ほら、早く持ってこい」
小走りで草履を持ってきて甚爾君の目の前に置けば、曲げた腰を戻すよりも速くグンと上昇する視界。出るぞ、という甚爾君の言葉に返事をする前に、肩に担がれた俺の身体は塀を越えて屋敷の外に出た。
・・・・・
「ね、ほんとにいいのかな。バレたら折檻だよねコレ!」
「バレねーって。いつも言ってるだろ、「猿と雑種が何しよーが気にも留めねぇ」。なら有効活用しないとなぁ」
狐面越しに甚爾君が笑った。あの家の中では一度も見せたことがないくらい楽しそうに。緊張がほどけて、すくんでいた肩がすとんと落ちた。まあ心配しても今更だよね。なら楽しんだもん勝ちだ。もしお仕置き内容が呪霊小屋行きだったら甚爾君に助けてもらおっと。
祭りの賑やかな音と提灯の揺れる光が、夜の空気に染み込むように漂っている。普段ならば浮いていたであろう和装も、祭りという異空間の中だときれいに溶け込んでいた。ついキョロキョロとあちらこちらを見てしまう。そしてどうやらその様子が気に障ったようだ。
「興奮しすぎ。いつも斜に構えてるくせに、こういう時ばっか子供ぶりやがって」
「あたっ、もう。甚爾君だって子供だろ〜」
甚爾君はそう言って俺の頭を軽く叩いた。向きになって言い返すと、すれ違いざまにくすくすと笑う声。聴こえたのは「仲良しだね」「兄弟なんじゃない?」「ね、かわい〜」と、俺たちのやり取りを見た一般人。優しくどころかそこそこ痛かったけど、その慣れた感じが兄弟に見えたのなら。思わず口がにまついてしまった。
雑踏の中を歩きながら、露店の間をすり抜けていく。
「あ、見て甚爾君! あれ、金魚すくいだ」
「金魚すくい? くだらねぇ、あんなん面白いか?」
「まぁまぁ。やってみないとわからないじゃん? おじさん、いっかいやらせて!」
「…………へったくそだな。見てるだけでイライラしてくる」
「うるさいな……! 甚爾君ならできるっての?」
「は、見本を見せてやるよ」
「うお……本当にできちゃった」
「ま、こんなもんだ。簡単だろ」
「ポイ一個で10匹はえぐいて」
「いいのかよ、あんな道端のガキンチョにくれちまって」
「いーのいーの。……そもそも、あの家じゃ生きられないし。育ててることバレたら嫌がらせに殺される。それなら、あの子たちの家で飼われた方が金魚も幸せだよね……って何その顔は」
「……はぁーーー。別にぃ? ……おい、ならあれはどうだ」
「ありがとね甚爾君。これ案外楽しいや」
「そうかよ。取ったやつほぼ返しやがって」
「だってあのままだと水ヨーヨーのおっちゃん商売あがったりだったじゃん? 俺の指は足まで足しても20本だし、2個あれば十分! 駄賃もらえたからよかったでしょ」
「そうかよ」
「次は何しよっか。あ、射的だ! 甚爾君、腕前を見せてよ」
「俺を使って楽しもうとするな。……はぁ、狙いは?」
始めて禪院家の敷地から飛び出して、勝手気ままに振舞った。好きなように声を出して、はしゃいで、歩いた。どこにでもいる普通の子供らしく、人間らしく。
帰るころには足は棒のようになり、クタクタだった。なのに心はとても満たされていて、朗らかな気分だ。今は呪力も練れそうにない。
「はーっお化け屋敷楽しかったねぇ」
「どこがだよ、あんな作りもん。あぁでも蝿頭以外に4級呪霊3体と3級なりかけが2体もいたな。あれは笑えた」
「えぇぇ……確かに俺が横で都度祓ってたけどなんでわかるの……正確すぎ……」
「呪霊小屋常連なめんなよ」
鼻で笑ってきたけど笑い事じゃないよそれ。あーあ、やっぱ禪院家はクソ。俺の実家みたく滅んでしまえ。あ、ご飯くれる厨房の皆さんや女中さんらは別枠で。
「そういやお前、外は初めてか」
「初めてに決まってるでしょ。俺に甚爾君みたいに塀を乗り越える脚力はないし、かといって正門からなんて無理ゲー過ぎ」
あくまでこの世界では、という枕詞がつくけれど。あ、りんご飴うまい。昔食べたりんご飴は不味かった覚えがあるけどさすが京都。本場の祭りはちが……ゴッソリ減った。おのれ禪院甚爾、一口がでけぇ。
「そうか。……なら」
────また連れ出してやるよ、瑞希が行きてー時に。
りんご飴の恨みも忘れてポカンと呆けてしまった。当の本人は「ん、案外うまいんだな」とか言って二口目を奪っていく。でも俺の脳内はパニック状態なので咎める余裕もない。俺が行きたくなった時に。それはつまり、甚爾君の気まぐれじゃなくて、主導権は一応俺にあるってことで。そういえば今日のこれだって、甚爾君は別に興味なさそうだった。ここに来たのは俺が囃子の音を聞いたからで、露店巡りも全部俺が誘った場所で。
ふさぎこんでいたつもりはない。落ち込んだそぶりも、気に病む様子を甚爾君に見せた覚えもない。でも、口に出さないでいた俺のわがままに気づくくらいには俺を気にかけてくれてて、口に出したら出したで受け入れるくらいには俺を懐に入れてくれてる。それがどうにもこそばゆくて嬉しくて。
あーーくっそ。俺、甚爾君のこと大好きかよ知ってた。
今の言葉が、今日の出来事の中で一番うれしい。
なぁ甚爾君。俺さ、今度隙を見つけて当主に直談判するわ。そんで、住居を甚爾君のいる離れに移してもらう。炳や灯の連中が何を言おうがしようが気にするもんか。もしかしたら女中さんらとの関係も築き直しレベルだけど知るもんか。甚爾君がいい。甚爾君がいれば、もう何もいらない。
「ならさ、次はどこに行こーか」
「あ? しばらくは無理だろ。小遣いも尽きたし。また貯めねーと」
「やっぱり外で小遣い稼ぎしてたんだ。俺も今度祓除任務行かされて給料出るしさ。そしたら遠出しよーよ。あ、海行きたい! 海!」
「海か……まあ、悪くはねーな」
「やった、約束ね!」
初めて結んだ小さな約束。二人でいつか遠出するんだ。俺、泳げるかなぁ。まあいっか。甚爾君に教えてもらおう。この人、絶対サメやカジキよりも速く泳げるんだろうし。
その約束が果たされることは、ついぞ無かったけれども