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「…班長。」

「やっ、やめろよ。その呼び方…」

「いーや、班長!さっきの蹴り…すっごく格好良かった!瓜江くんには申し訳ないけど、なんか私までスッキリしちゃったよ。」

「…へッ!?おっ、おお、オレは別に…」

2人がこの部屋を出て行ってからも、私と六月くん、シラズくんの3人はまだこの部屋に留まっていた。

(……ハイセさん。)

数分前、この部屋で瓜江くんがハイセさんに言ったあの言葉。

" 喰 種 の く せ に "

あんな姿になってまで私達を守ろうとしたハイセさんに対して、耳を疑うほどの惨い言葉。
それでもハイセさんは、あくまで上官としての態度を崩さず、瓜江くんを叱責し…最後の最後まで気丈に振る舞いながら、この場を去っていってしまった。

「…先生、大丈夫かな。」
「…うん。」

相当、落ち込んでいるはず。

「…トオル、もう寝るか?」

「うーん…いや、少しだけ前の資料に目を通しておこうかなと思ってるよ。」

「そっか…いや、その、良かったら俺にも資料見せてくんねーかなー…って。」

「!?…もっ、もちろんだよ!一緒にやろう!」

「へへ、サンキュ。…今までサボってた分、取り返さねーとな、って…。」

((……班長ッ!!))

私と六月くんはシラズくんの心境の変化に、心底感動していた。

(ハイセさんはもう寝ちゃってるかなー…)

「俺が教えられることなら、どんどん聞いてよ!あ、なまえちゃんは?もう寝る?」

「あっ、私は…ちょっとハイセさんのとこ、寄ってみようかなー…なんて。」

「…やっぱり先生、ちょっと様子おかしかったもんね。」

「うん…なんか少し心配なんだよね。…寝てたら私も、勉強会、参加してもいいかな?」

「もちろん!…よーし、シラズくん。今週の会議に間に合うよう、みっちり覚えてもらうからね!」

「ぉ、オウッ!!」

今まで単独行動が多かったシラズくんが、初めて一緒に何かしようと言ってくれた。
そのことが相当嬉しかったのか、六月くんにもスイッチが入ったらしく、俄然やる気になったようだ。

(…このこと、ハイセさんが聞いたらきっと喜ぶだろうな!)

私は2人と分かれ、差し入れにホットコーヒーを淹れると、そのままハイセさんの部屋へと向かった。


…コンコンッ

「………。」

(やっぱりもう寝ちゃったか。)

扉の向こうの彼から、反応はなかった。

ここ数週間、彼に疲労が溜まっていたことは分かっていたし、そもそも寝ると言っていたから、これくらいは想定してたけど…持ってきた2つのカップを見ると、やっぱり少しだけ寂しく思ってしまった。

「…お話、したかったな。」

そんな言葉もこの広い廊下では、誰に届くこともなく。諦めた私は大人しく戻ろうと、来た道を戻ろうと後ろを振り返った。

―――ガチャッ…

…そんな時だった。後ろから扉が開く音が聞こえ、私は思わずその場で足を止めた。

「…なまえちゃん?」

そこにはドアの隙間、薄暗い照明の中から寝巻き姿のハイセさんが見えた。

「あっ、あの…すみません。お休みされてましたか…?」

「いや、なんだかコーヒーの香りがして…」

「…その、もし宜しければこれ…ご一緒にいかがでしょうか…?」

「…うん、ありがとう。入って。」

−−−−−−−−−−−−−−−−−

言われるがまま、私は彼の部屋へと招き入れられ、テーブルへとカップを置いた。
…彼の部屋へ来るのは、2回目だ。
いただきます、とコーヒーに手を伸ばす彼の顔を見ると…少し腫れた目に、赤い鼻、明らかに泣き腫らした後の顔だった。

「…美味しいですか?」
「うん…ほっとした。ありがとう。」
「良かった…」

…何を話せば良いのか分からず、そのままその場に沈黙が流れてしまった。何か話さないと、話さないと…と思えば思うほど、上手い言葉が見つからない。でもこのままでは、この沈黙が長引いてしまうばかりで…

「…なまえちゃんは、僕が前に話したこと…覚えてる?」
「え…?」

私が焦り始めた中、この沈黙を破ったのはハイセさんだった。

「あ…ごめん。…その、記憶のこととか。」

「…はい。」

「さっきさ。僕…瓜江くんに"喰種のくせに"なんて言われちゃって…はは。…やっぱりちょっと、悲しかった。」

「………。」

「…でもね、あれ、一理あるなって思ったんだ。」

「え…?」

「…本当の僕は、もしかしたら喰種なのかも…なんて、時々考えたりもしてたんだ。」

「………。」

「この前、僕となまえちゃんは似てるね、なんて僕は言ったけど…あれも、何を思い上がってたんだろうって、今更気付いたよ。」

「…ハイセさん。」

「…本当の僕は、…記憶喪失を良いように理由付けられた、グールなのかもしれない。」

彼の声が…少し震えているような気がした。


「こんな僕と君を同じにして…ごめん。」


暗い部屋の中、小さなランプだけが私と彼の間を照らす、唯一の明かりだった。

そんな頼りない光からも、段々とハイセさんが消えていってしまうような気がして。
私は胸の奥から溢れそうになるものを必死に堪え、それを言葉に変えようとした。

「…私は…―――ハイセさんが言ってくれたこと、嬉しかったんですよ。」

「…え?」

「もう…言ったじゃないですか。私も過去のことは覚えていないって。…気が付いたら有馬さんと、病院の中でしたから。」

「…うん。」

「それに…暴走だって、私も沢山してました。…それも自分では覚えていなくて、後で人から聞いて、初めて知るんです。…自分のこと。」

「………。」

「自分のことなのに、分からないんです。…怖いですよね。」

「…うん。」

「でも、それは…ハイセさんだけじゃないですから。」

そう言って、私は持ってきたマグカップを両手でそっと包んだ。

「…だから、一人で抱え込んで勝手に謝られても、私、困ります。」

「…ごめん。」

「六月くん達も、ハイセさんのことすっごく心配してましたよ?」

「うん…、そうだよね、ごめんね。」

「だめです。」

「えっ…!」

「心配させた罰、です!…今日はその…ハイセさんのお話、たくさん聞かせてもらえませんか?」

「ぼ、僕の?」

「はい、好きなこととか…嫌いなこととか。私、色々聞いてみたいんです。」

「うーん…好きなこと…か。なんだろ。やっぱり本を読むこと?かな」

「あっ!だと思いました!本棚、凄いですもんね…!」

「そうなんだよね…もうこれだけじゃ足りなくなってきちゃって、また増やさないとなーって。」

「ほぉー…読書の虫なんですね。どんな作品を読まれるんですか?」

「そうだな…あ、今読んでるのはね―――」

それから、私達はお互いの知らない部分を埋めるように、沢山の話をした。

好きなこと、嫌いなこと、班のこと、アキラさんのこと、有馬さんのこと、これまでのこと、これからのこと…

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千年続く、幸福を。