11
「…班長。」
「やっ、やめろよ。その呼び方…」
「いーや、班長!さっきの蹴り…すっごく格好良かった!瓜江くんには申し訳ないけど、なんか私までスッキリしちゃったよ。」
「…へッ!?おっ、おお、オレは別に…」
2人がこの部屋を出て行ってからも、私と六月くん、シラズくんの3人はまだこの部屋に留まっていた。
(……ハイセさん。)
数分前、この部屋で瓜江くんがハイセさんに言ったあの言葉。
" 喰 種 の く せ に "
あんな姿になってまで私達を守ろうとしたハイセさんに対して、耳を疑うほどの惨い言葉。
それでもハイセさんは、あくまで上官としての態度を崩さず、瓜江くんを叱責し…最後の最後まで気丈に振る舞いながら、この場を去っていってしまった。
「…先生、大丈夫かな。」
「…うん。」
相当、落ち込んでいるはず。
「…トオル、もう寝るか?」
「うーん…いや、少しだけ前の資料に目を通しておこうかなと思ってるよ。」
「そっか…いや、その、良かったら俺にも資料見せてくんねーかなー…って。」
「!?…もっ、もちろんだよ!一緒にやろう!」
「へへ、サンキュ。…今までサボってた分、取り返さねーとな、って…。」
((……班長ッ!!))
私と六月くんはシラズくんの心境の変化に、心底感動していた。
(ハイセさんはもう寝ちゃってるかなー…)
「俺が教えられることなら、どんどん聞いてよ!あ、なまえちゃんは?もう寝る?」
「あっ、私は…ちょっとハイセさんのとこ、寄ってみようかなー…なんて。」
「…やっぱり先生、ちょっと様子おかしかったもんね。」
「うん…なんか少し心配なんだよね。…寝てたら私も、勉強会、参加してもいいかな?」
「もちろん!…よーし、シラズくん。今週の会議に間に合うよう、みっちり覚えてもらうからね!」
「ぉ、オウッ!!」
今まで単独行動が多かったシラズくんが、初めて一緒に何かしようと言ってくれた。
そのことが相当嬉しかったのか、六月くんにもスイッチが入ったらしく、俄然やる気になったようだ。
(…このこと、ハイセさんが聞いたらきっと喜ぶだろうな!)
私は2人と分かれ、差し入れにホットコーヒーを淹れると、そのままハイセさんの部屋へと向かった。
…コンコンッ
「………。」
(やっぱりもう寝ちゃったか。)
扉の向こうの彼から、反応はなかった。
ここ数週間、彼に疲労が溜まっていたことは分かっていたし、そもそも寝ると言っていたから、これくらいは想定してたけど…持ってきた2つのカップを見ると、やっぱり少しだけ寂しく思ってしまった。
「…お話、したかったな。」
そんな言葉もこの広い廊下では、誰に届くこともなく。諦めた私は大人しく戻ろうと、来た道を戻ろうと後ろを振り返った。
―――ガチャッ…
…そんな時だった。後ろから扉が開く音が聞こえ、私は思わずその場で足を止めた。
「…なまえちゃん?」
そこにはドアの隙間、薄暗い照明の中から寝巻き姿のハイセさんが見えた。
「あっ、あの…すみません。お休みされてましたか…?」
「いや、なんだかコーヒーの香りがして…」
「…その、もし宜しければこれ…ご一緒にいかがでしょうか…?」
「…うん、ありがとう。入って。」
−−−−−−−−−−−−−−−−−
言われるがまま、私は彼の部屋へと招き入れられ、テーブルへとカップを置いた。
…彼の部屋へ来るのは、2回目だ。
いただきます、とコーヒーに手を伸ばす彼の顔を見ると…少し腫れた目に、赤い鼻、明らかに泣き腫らした後の顔だった。
「…美味しいですか?」
「うん…ほっとした。ありがとう。」
「良かった…」
…何を話せば良いのか分からず、そのままその場に沈黙が流れてしまった。何か話さないと、話さないと…と思えば思うほど、上手い言葉が見つからない。でもこのままでは、この沈黙が長引いてしまうばかりで…
「…なまえちゃんは、僕が前に話したこと…覚えてる?」
「え…?」
私が焦り始めた中、この沈黙を破ったのはハイセさんだった。
「あ…ごめん。…その、記憶のこととか。」
「…はい。」
「さっきさ。僕…瓜江くんに"喰種のくせに"なんて言われちゃって…はは。…やっぱりちょっと、悲しかった。」
「………。」
「…でもね、あれ、一理あるなって思ったんだ。」
「え…?」
「…本当の僕は、もしかしたら喰種なのかも…なんて、時々考えたりもしてたんだ。」
「………。」
「この前、僕となまえちゃんは似てるね、なんて僕は言ったけど…あれも、何を思い上がってたんだろうって、今更気付いたよ。」
「…ハイセさん。」
「…本当の僕は、…記憶喪失を良いように理由付けられた、グールなのかもしれない。」
彼の声が…少し震えているような気がした。
「こんな僕と君を同じにして…ごめん。」
暗い部屋の中、小さなランプだけが私と彼の間を照らす、唯一の明かりだった。
そんな頼りない光からも、段々とハイセさんが消えていってしまうような気がして。
私は胸の奥から溢れそうになるものを必死に堪え、それを言葉に変えようとした。
「…私は…―――ハイセさんが言ってくれたこと、嬉しかったんですよ。」
「…え?」
「もう…言ったじゃないですか。私も過去のことは覚えていないって。…気が付いたら有馬さんと、病院の中でしたから。」
「…うん。」
「それに…暴走だって、私も沢山してました。…それも自分では覚えていなくて、後で人から聞いて、初めて知るんです。…自分のこと。」
「………。」
「自分のことなのに、分からないんです。…怖いですよね。」
「…うん。」
「でも、それは…ハイセさんだけじゃないですから。」
そう言って、私は持ってきたマグカップを両手でそっと包んだ。
「…だから、一人で抱え込んで勝手に謝られても、私、困ります。」
「…ごめん。」
「六月くん達も、ハイセさんのことすっごく心配してましたよ?」
「うん…、そうだよね、ごめんね。」
「だめです。」
「えっ…!」
「心配させた罰、です!…今日はその…ハイセさんのお話、たくさん聞かせてもらえませんか?」
「ぼ、僕の?」
「はい、好きなこととか…嫌いなこととか。私、色々聞いてみたいんです。」
「うーん…好きなこと…か。なんだろ。やっぱり本を読むこと?かな」
「あっ!だと思いました!本棚、凄いですもんね…!」
「そうなんだよね…もうこれだけじゃ足りなくなってきちゃって、また増やさないとなーって。」
「ほぉー…読書の虫なんですね。どんな作品を読まれるんですか?」
「そうだな…あ、今読んでるのはね―――」
それから、私達はお互いの知らない部分を埋めるように、沢山の話をした。
好きなこと、嫌いなこと、班のこと、アキラさんのこと、有馬さんのこと、これまでのこと、これからのこと…
- 11 -
[*前] | [次#]
top
千年続く、幸福を。