05
ハイセさんは本局の報告書をヒントに、瓜江くんたちが向かうであろう場所を"トンネル内"へと絞った。
以前から頻繁に瓜江くんから渡されていた、大量のタクシー領収書…金額からして、彼らはそう遠くへは行ってないはずだと。
そして、タクシーを追い込むのにも絶好の場所。一本道で、他に逃げ場もないトンネル…そしてその中でも、この近辺でかなり車通りが少ない場所が、一箇所だけあることに気づいた私達は、急いでその場所へと向かった。
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「ハイセさん、いました…!」
「うん…」
…ビンゴだ。
そこには私達が予想していた通り、瓜江くんとシラズくんの姿があった。
周囲には壁に激しく衝突した様子の1台のタクシーと、周辺の地面には、何かでえぐりとられたような、跡が刻まれていた。それを辿っていくと、何やら言い争いをしている様子の瓜絵くんとシラズくんの姿が見えた。
2人の間には、ぐったりと倒れ込んだ小太りの中年男性。見た目は限りなく人間に近く、とてもグールには見えないが…
「…彼が"トルソー"なのでしょうか?」
私がそう問いをかけた、瞬間。
突然ハイセさんが、物凄いスピードで2人の下へと駆け出した。
ヒュッ…!
ザンッッ!!!
「…油断しない。」
私と六月くんは、ハイセさんのあまりの速さに、目を見開いたまま動けなかった。
もう戦えないであろうと思った中年のグールから、2人に向かって"赫子"が飛び出し、それをハイセさんが間一髪で仕留めたのだ。
そんなハイセさんは問題児2人を見るなり、キッとした態度で何かを注意をしていた。
しかし…それをどう思ったのか、瓜江くんはそのままいつもの様にイヤホンをはめ、またフラッとどこかへ去ってしまった。シラズくんもそれを追うようにして…。
「ハ、ハイセさん…」
「………はあ…」
私達が状況を確認しようとハイセさんの元へと駆け寄ったが…またもや彼は頭を抱えうなだれてしまった。
(…無理もない、か…)
その日は本局へグールの回収を要請し、何だかモヤッとした気持ちのまま私達はシャトーへと戻った。
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それから、数日後。
私達はまたミーティングという名目で、ハイセさんに呼び出された。
内容はなんと、あの下口チームが3ヶ月調査してもあげられなかったトルソーの、しかも"人相を割る"…という、かなりハイレベルな案件を、このQs班が任せられたという報告だった。
任せられたと言うより、もう引くに引けない状況だったよ…と、ハイセさんは苦笑いをしていたけど…
「正直、かなり厳しい条件だけど…全員の力を合わせれば、不可能じゃないと思うんだ。僕たちQs班、みんなで団結して…」
「ケッ」
「…?」
ハイセさんが概要を説明をしていると、突然シラズくん話に水をさしてきた。
「しらじらしーな。サッサンよ…」
「…シラズくん?」
「…オレは勝手にやるぜ。」
「ちょ、ちょっと待って!どうしたの急に…」
シラズくんはポケットに手を入れ、怒ってる…?のか、機嫌が悪い…?のか、そのままズカズカと部屋を出て行ってしまった。
(ミ、ミーティングはっ…!?)
「…承知しました。ひと月以内に"トルソー"を挙げます。」
更にそこに追い討ちをかけるかのように、今度は瓜江くんが言葉を挟み…彼もまた、勝手に部屋を出て行ってしまった。
2人の勝手な行動のせいで、大切なミーティングはもうめっちゃくちゃで…
「…ああッもう!!」
さすがのハイセさんも、これにはキレた…
「……あくまで"単独捜査"をご所望か…わかったよ、あの子達には"佐々木の本気"を見せる必要があるね…!
…僕と六月くん、なまえちゃんで"トルソー"を押さえる!!瓜江くん達より早くだ…!才子ちゃんはひとまずお留守番だ!」
「「は、はいッ!!」」
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、穏やかだったハイセさんの目つきは鋭いものへと変わり、そんな彼の姿に私と六月くんは完全に圧倒されてしまった…
「お、俺も資料の整理しておきます!」
「…うん、六月くん。よろしく!」
真面目な六月くんは早速これから自室へと戻り、捜査資料を探るようだった。やる気十分と言った様子のハイセさんも、今夜は"資料祭り"と称して徹夜するらしく…
(…わ、私も頑張ろ。)
先日の一件で役に立てなかった分、ここが頑張りどころだと思った。私も資料を集めるため、そのまま自室へと戻ろうとソファから立ち上がろうとした。
「…あ、待ってなまえちゃん」
「は、はい!」
その瞬間、急にハイセさんから呼び止められた。
「ごめん、今日はもうお休みする?」
「…?いや、私もちょっと部屋で資料集めをしようかなーって…」
「…資料整理が終わってからで良いんだけどさ。寝る前にちょっとだけ、僕の部屋に来てもらえないかな?」
「へっ!?…は、はいっ!…わかりました…」
爽やかな笑顔でよろしくね、というと彼はそのまま出て行ってしまった。
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それから私は予定してた通り自分の部屋へと戻り、参考になりそうな資料を集めていた。まとめてはみたものの…私の頭の中はそれよりもさっきハイセさんに呼び出されたことでいっぱいだった。
(話ってなんだろう……わっ、私、何かまずいことでもしちゃった!?…もしかして下口上等へ頭を下げたこと…?やっぱり余計なことをするな的な…ああ…っ…!
…ハイセさんの…部屋、か………っていやいやいやいやいやいや!!何考えてるんだ私は…いくらなんでも…相手は上司だし……うん…)
まとめた資料にもう一度目を通し、私は脱線しかけた頭を無理矢理作業へと戻す。
(なに変なこと考えてんだろ…恥ずかしい…)
……ハイセさん。彼は出会った時から優しく、誠実で、自分のことよりも人のために動く、そんな人だと私は感じていた。
…でも、優しいだけじゃなく、人一倍の努力家だ。真夜中のリビングで小さな明かりを頼りに必死で資料へと目を通す姿を、私は知っている。
それに加えて、この間の下口上等の一件…あんな罵声を浴びせられる中、部下の為にと必死に頭を下げる彼を…私は素直に素敵だと思った。
正直、下口上等のあの発言は今でも許せないし、悔しい。泣いた顔を見られたことだって、もちろん恥ずかしい。
でもあの…"ありがとう"と微笑む彼の顔を見れただけで、何故か私は満足してしまった。まだ頭の片隅では彼のあの笑顔がぼんやりと浮かんでいて…
(ハイセさん…モテるんだろうな…優しいし…格好良いし…頼りになるし…紳士だし…)
「…って、ん?……ん?ん!?」
(なっ、ななななにを考えてるんだ私は…!作業に集中しろ馬鹿ッ!!)
そう言い聞かせ、半ば強引に資料へと向き合ってみるが、段々と顔が熱くなっていくのを自分でも感じた。
(だっ、ダメだ…!下手に意識なんてしたら、何食わぬ顔で部屋になんて、行けそうにない…)
それに…
「ハイセさんに恋する資格なんて…私には最初から無いんだもんな…」
そんな後ろ向きな言葉は、どこに響くこともなく部屋の中へ静かに消えていった。
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千年続く、幸福を。