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04/13
人って立ち直りかけた時が一番危ないって話
──どうしてあの時一緒に殺してくれなかったのですか!


その慟哭は彼の心からの叫びだった
彼の恋人である夏油傑は死んだ

この男、五条悟の手によって

彼は恋人の最期を看取ることはできなかった
既に捕えられていたから

そもそも彼に人を殺す度胸は無い
夏油がいたから彼は呪詛師に堕ちた
高専を襲撃した際も彼は生徒に手を出すことを躊躇い、そして捕まった
夏油もそれは覚悟していたのだろう
五条からその報告を受けた際も差程驚いた様子は見せなかった

ただ一言、“彼は人を殺めたことはおろか傷付けたことすらないよ”と五条に伝えた

それはまるで彼の無罪放免を願うかのようだった
夏油は自身の言葉が意味を成さぬことも知っていた
呪術師とはそういうものであると夏油は誰よりも理解していた
それでも全てを擲って自分を選んでくれた恋人をむざむざ処刑させる訳にはいかなかったのだ
そして最期の望みとして五条に託した
親友なら、と期待して

彼は夏油の罪の半分を被ると言った
共に過ごしてきてそれでも止めなかったのは自分だから、と
彼は五条の手で処刑されたかった
夏油と共に生きたくて逝きたかった

けれど五条がそれを許さなかった
彼のことは親友から託されている

だから夏油を悪人に仕立て上げた
恋人である彼を無理やり攫って呪詛師として活動させた戦犯にした
夏油がそれを望んだのだ

彼は怒った
持ちうる語彙の全てを使って五条を罵った
次に彼は泣いて縋った
身体中の水分が枯れ果てる程の涙を零した

そして次に彼は諦めた
生を、死を、全てを諦めた

やがて五条の主張が認められ彼は自由になった
しかし彼の空虚な瞳は何も映さず、ただ無感情のまま過ごしていた
日がな一日ぼんやりと過ごし、時折夏油の写真を眺めて涙を流す
夏油の隣で笑っていた、あの頃の彼はもういない

親友に託された彼は酷く窶れて、食事もまともに取ろうとしなかった
しかし五条が彼の為に食事を作ると、彼はそれを無碍にすることはなかった
少しずつ時間をかけて口に運ぶ様子に安堵のため息を零す

昔から彼は人の好意を踏みにじることはなかった
その癖が今の抜け殻状態の彼にも残っていることに、五条は心のどこかで安心していた
まだ彼は大丈夫だと、そう思っていた

五条の読み通り五条が心を砕けば砕くほど彼の目は光を取り戻していった
そして次第に笑うようになり、やがて彼は夏油の死から立ち直った






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