嫌われ者のあの人

山田太郎は嫌われ者である。

長内を操りパーの親友とその彼女を襲わせ、さらにパーを唆して長内を刺させた。
そのことで東京卍會の内部分裂を謀り、そしてドラケンを狙い襲わせた。
その後、裏で半間と手を組んで芭流覇羅と東京卍會の抗争を起こし、一虎によって場地が刺される事態となった。
それから天竺との抗争のためにエマを殺害し、また抗争中にイザナを殺した。

これら全ては山田太郎が仕組んだことである。



*****

「何一人だけのうのうと生きてんだよッ!」
龍宮寺の長い足で腹を蹴られ思わず呻き声をあげる。でもそれ以外何も言わずに黙っていると今度は背中を蹴られた。
「てめえのせいでエマは!クソッ!!」
苛立ちついでに顔を殴られたが、反応のない僕に余計苛立ったのだろう。おまけとばかりにもう一度腹を蹴られ、龍宮寺はそのまま去って行った。



週に1回ぐらいこうして僕は殴られる。今日は龍宮寺だったが、佐野のときもあるし、場地や羽宮、三ツ谷のときもある。あとは林田や林とか、たまに松野。ようは東京卍會の幹部の奴らだ。
でも別にいい。“彼”は殴られるだけのことをしたのだから。

彼らは卑劣ではない。だから陰湿なイジメとかそういうのは無いし、大抵が一人でやってきて、一人で殴ってくる。だからリンチにはならないし男らしいと思う。
憂さ晴らしにも似たこの暴力は小三の頃からずっと続いてきた。いや憂さ晴らしではないか、正に因果応報だな。銃を抜いたからには撃たれる覚悟もしなければならないというだけの話だ。



幸運なことに僕の両親は家にいない。両親が揃って浮気相手の家で同棲をしているのだ。離婚しようとしたが、その際に僕の親権を押し付け合って結局今の形に落ち着いた。お金は振り込んでくれるから別に構わない。どうせ機能不全家族だ。いたっていなくたって変わりない。
学校でも傷だらけの僕に声をかける奴なんていない。教師でさえ遠巻きに僕を見るだけだ。
報いを受けるには最高の環境だろう。馴れ合いなんてしてしまえばきっと全て投げ出したくなるから。



学校に行くと下駄箱に上履きがなかった。たまにあるのだ。水を掛けられたり、教科書に落書きをされていたり、陰湿な嫌がらせが。
東卍の幹部が僕に対して暴力を振るっていることは周知の事実だった。だから東卍の下っ端連中も僕に対してこうした嫌がらせをしてくるのだ。筋違いというかお門違いというか、そうした思いもあるが、反発する気も起きなかった。“彼”が元気ならもう僕は何でもいい。僕のことなんかはどうでもいいのだ。





「太郎クンはっけ〜ん」
「逃げんなよ」
放課後遭遇したのは灰谷兄弟だ。この二人からの暴力は後を引くから少しだけ困る。言わないけど。
「大将の仇とかあんま言いたくねえけどさ」
「でも大将といるの楽しかったし、オマエに殺されてはいそうですかってなんねえんだわ」
殺しはしない程度にいたぶってくる。此度は年少に入らない方が面白いと気付いたようで、手加減というものを覚えたらしい。
無言でサンドバッグになっているとボキッと嫌な音がしたと思えば左腕が折れていた。
「あーあ、左腕使えなくなっちゃたなー?」
「利き手じゃなくて感謝しろよ?」
そう言ってご機嫌に帰って行った。折れたのは腕だけだけど、それ以外も満身創痍だ。

全身を引き摺りながら病院まで行くとギョッとした顔で見られた。警察に通報しようとする看護師を何とか止めて治療を受ける。そろそろ治療費も馬鹿にならないな。



身体中を包帯で巻かれながら帰路に着く。
少し先に“彼”が歩いていた。その隣には橘がいる。といっても恋人同士のような甘さはなく、気心の知れた友人といった関係か。
以前の偏執的な彼はもういない。






「もし次何かしてみろ、オマエを殺す」
次の日は佐野だった。僕が骨折していようが関係なく蹴られて殴られた。「場地の分」「エマの分」「イザナの分」だそうだ。途中で場地が来て止めなかったら僕は多分殺されていただろう。佐野は偶に僕を殺そうとする。多分無意識にだろうけど。
「マイキーがこんな奴のために手を汚す必要はねえ」
「場地…」
場地の冷たい目が俺を刺す。場地に諭されて冷静になった佐野は、最後に僕の顔を蹴って場地を連れて消えた。
二日連続でやられることは珍しいけど、僕はそれを受け入れるしかないのだ。他に贖罪の仕方を知らないから。そしてそれが僕の約束だった。





******

「タケミっち!オレらのこと覚えてる?」
マイキーくんが突然遊びに来たと思えば、そう聞かれた。オレの家に来たくらいだからもしかしてとは思ったが、どうやら記憶があるらしい。オレが何度もタイムリープしたあの人生の。
「ま、まいぎぃぐん!!!!!」
オレが頑張ったこととか全部無かったことになると思ってたけど、マイキーくんも皆も覚えているらしくて安心して泣いてしまった。だって皆が覚えているならあの惨劇は二度と起こらないから。

「太郎はもうシメてるからタケミっちが心配するようなことは何もねえよ」
「太郎…?」
「覚えてねえの?」
マイキーくんがきょとんと首を傾げる。太郎という人物は知らない。シメたというくらいだからきっと悪い人なんだろうけど。
「エマを殺したヤツだよ」
憎悪のこもった暗い目でマイキーくんが言った。

あれ?太郎?

…おかしい。だってエマちゃんを殺したのは■■のはず。
あれ何で名前が出てこないんだ。■■だよ、思い出せよオレ!■■はヒナのことが好きで、ヒナに振り向いて貰えなくて殺してたんだ。太郎って人じゃない。
「タケミっち?」
「あ、いや、なんでもないです」
「体調悪いのか?ならケンちんたちは今度連れてくるわ」
気を遣うということを覚えたのかマイキーくんは早々に帰って行った。もしかしたらオレの記憶の有無を確認しに来ただけだったのかもしれない。

「太郎…」
聞き覚えはない、と思う。多分。
少なくともナオトに覚えさせられた人物の中にはいなかった。東卍にも恐らく。
だからこそ余計におかしいのだ。だって■■がヒナを殺したということは覚えているのに、太郎という人物を忘れているはずがない。

マイキーくんは太郎をシメたと言っていた。もし無関係だったら?また新たな火種を生むかもしれない。ならとりあえず彼に会わなければならない。
とはいうものの、オレは彼を知らない。
さてどうしたものか。
「あ!不良辞典の山岸!!」
山岸なら“太郎”のことを知っているかもしれない。知らなくても手掛かりになりそうな情報を持っているかもしれない。


『太郎?山田太郎だろ、むしろオマエなんで知らないの!?』
「え、そんなに有名なの?」
山岸に電話をかけると驚いたようにそう言われた。不良界隈では有名だったらしい。
『東卍の奴らとか、横浜の天竺の奴らに喧嘩売ったとかでシメられてんの見るよ』
黒川イザナが総長のあの天竺か。
『何があったかはオレも知らないけど、山田太郎には関わんねえほうがいいって。ヤバイからマジで』
「ヤバイって何が?」
『人を殺したってウワサもあるんだよ!』
思わずギョッとするも、多分エマちゃんとかを殺したあの時のことが一人歩きしてるだけだと思いたい。じゃなかったら捕まってるはずだ。
『とにかく!絶対関わんなよ!タケミチ』
「分かった、ありがとな山岸」


何もわからなかったけど、恐らくマイキーくんだけでなく他にも記憶持ちがいるみたいだ。でも山岸とかアッくんとかは何も覚えていなかった。



山田太郎のことを考えてかれこれ一週間が経った。その間にドラケンくんとか三ツ谷くんとか千冬とかとも会ったけど、皆が皆、山田太郎に敵意を抱いていた。曰く全ての元凶だと。
でもオレだけが■■のしたことを覚えているのだ。山田太郎ではない。■■が黒幕であると言いたかったけど、オレも思い出せていないのに伝えられるわけが無い。ずっともどかしかった。




「コイツ、マイキーくんにボコられてるやつじゃん」
「うわマジだ。オレ今機嫌悪ぃからサンドバッグになってくんない?」
「ギャハハ、天才かよ」
そんな会話と共に鈍い打撃音が響いた。何度も何度も何度も。オレはそれを止めようと飛び出して、殴られている少年と目が合った。


その瞬間、頭が真っ暗になって気が付けば別の空間にいた。全身が半透明で、すれ違う人達もオレをすり抜けて行く。他の人からオレは見えてもいないし触れもしないようだった。

「鉄太くん、もう止めようよ」
「うるさい!オマエには関係ねえだろ」
さっきの少年がもう一人の少年と話している。その話し相手を見て全て思い出した。稀咲鉄太、コイツだ!コイツがヒナを殺したんだ!!
「でも鉄太くんはやりすぎだよ、あの女の人まだ意識が戻らないって」
「チッ、オレの言うことが聞けねえならオマエはもういらねえんだよ」
稀咲にそう言われた少年は顔を青くして黙り込んだ。俯いた少年を見て稀咲は満足そうに笑っていた。
「林田春樹とはもう接触した。あとはもう長内の仕事だ。東卍が内部分裂したら…」
「鉄太くん…」
少年は何かを言いかけて、でも何も言わないで口を閉ざした。


場面が変わった。
気が付いたら芭流覇羅のアジトにいた。
「半間くん、止めよ。駄目だよ」
「あ?だりぃなオマエ」
「一虎くんだってほんとはあんなこと望んでないはずだから、ちゃんと話せばわかるって。それにマイキーくんも…」
「そんなことしたら稀咲の計画が台無しだろ〜」
「でも!」
「黙れよ」
食い下がる少年を半間を睨み付けて黙らせた。それでも少年は「でも」「だって」と口篭りながら何かを伝えようとするが、それを半間が許さなかった。
急に立ち上がったかと思うと思い切り少年の腹を蹴り上げた。
「オマエマジでだりぃ」
半間は消え、少年は一人残された。少年の握りしめた拳には力を込めすぎたのか血が滲んでいた。


また場面が変わった。
「鉄太くん、それだけは絶対にダメだ」
「またオマエか」
「ねえ鉄太くん。お願い、鉄太くん聞いて」
少年を一瞥した稀咲はそのまま黙って去って行った。
「止めなきゃ、佐野エマが死んじゃう…」
少年の呟きは誰に拾われることも無く、そのまま消えていった。
オレは何となくあの少年が山田太郎だと確信した。ずっと稀咲を止めようとして、傷付いて、そして今は稀咲の身代わりになっている。
オレが記憶を持ってまたやり直したのは山田太郎を助けるためだったのかもしれない。
「僕が…何とかしなきゃ…これ以上鉄太くんが苦しまないように」
そう呟いた少年の手にはナイフが握られていた。


今度は少年がただ一人で佇んでいた。エマちゃんの葬儀が行われているのを呆然とした様子で眺めていた。
「間に合わなかった…」
堪えるように、しかしそれでも漏れ出た嗚咽が少年の何よりの本心だと思う。そのまま少年はふらふらとその場を去っていった。


また場面が変わった。
稀咲を連れて逃げる半間の前に立ち塞がったのはあの少年だった。その手にはあのナイフが握られていて、切っ先を二人に向けていた。
「鉄太くん、もう終わりにしよう」
少年を轢かないよう半間がブレーキをかけようとしたが、稀咲がそれを制した。
「邪魔をするなッ!」
パァンと発砲音が響いて、少年は倒れた。
「ッおい稀咲、いいのかよ」
「オレの邪魔をするヤツに興味はない」
そのまま半間と稀咲は逃げて行った。
後を追うオレとドラケンくんも、倒れた少年には気付かずそのまま去って行くのが見えた。
「…やっぱり駄目だったか」
血を吐きながら少年が嘆いた。

「僕じゃ鉄太くんを救えないや」


また場面が変わる。
今度は何も無い白い空間にいた。モヤのようなものに覆われて何も見えない。
少し遠くで話し声が聞こえた。
「…のか?」
「……が…なら……」
ノイズ混じりでよく聞き取れない。ただ一方はあの少年の声だった。
「……か。………えよう」
「ありが………」
また意識が落ちる。だがその前に確かに聞こえたのだ。「僕が鉄太くんの代わりになる」と。



ハッと気付いたとき、少年は初めて見た時と同じように殴られていた。つまり少年と目が合った時から時間は何一つ進んでいないらしい。
「やめろ!」
「あ?」
少年に絡んでいた人達はオレを見ると逃げ出した。最近またマイキーくんたちと一緒にいることが増えたからオレのことを知っているのかもしれない。
「大丈夫?」
「な、んで、花垣が…」
少年は驚いているようだった。それもそうか、だって少年は稀咲の役を演じているのだから。稀咲を1番恨んでいるはずのオレが少年を助けたらおかしいだろうし。
「なんで太郎くんは稀咲に殺されたのに稀咲を庇うんだよ」
「!」
太郎くんは目を見開いてオレを見た。でもすぐに取り繕うように稀咲がよくやる馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「何言ってんの、僕が全部やった事だし。稀咲とか誰だよ」
「違うだろ!太郎くんは稀咲を止めようとしてた!」
「な、何言ってんのかわかんない」
太郎くんは怯えたように震えていて、それが何からくる恐怖なのかオレには分からなかった。



そんな空気を壊すようにして携帯の呼出音が鳴り響いた。ディスプレイにはマイキーくんの名前があって、慌てて出る。
「もしもし、タケミチです」
「…タケミっち。エマを殺したヤツ誰だっけ」
マイキーくんの声は震えを押し殺したかのように硬かった。
「稀咲です。稀咲鉄太です、マイキーくん」
それに反応したのは太郎くんだった。マイキーくんの返答より先に太郎くんはオレから携帯を奪い取った。
「違う、僕だ。佐野エマも黒川イザナも僕がこの手で殺したんだ」
「太郎か、謝っても許されねえかもしれないけど」
マイキーくんの言葉を遮るようにして太郎くんは頭を振る。「違う違う」と何度も、まるで自分に言い聞かせるようだった。

太郎くんを落ち着かせるためにひとまずマイキーくんとの通話を終わらせると、太郎くんは項垂れるようにして大人しくしていた。
「なんで、なんで思い出しちゃうの」
「え?」
「お前が!お前が思い出したら、それがトリガーになって他の奴らの記憶も戻っちゃうの!だからお前から鉄太くんの記憶を消したのに!」
目を赤くして睨みつける太郎くんだったが、そこには諦めの色が滲んでいた。

「なんでそんなに稀咲を庇うんだよ」
つい疑問が口から零れる。太郎くんはずっと苦しんできたはずだ。稀咲を止められず、今世ではその罪をその身で受け止めて、何がそうさせるのか理解できなかった。
「うるさい。お前には関係ない」
太郎くんは教えてはくれなかった。しかしその答えはすぐに判明した。




「馬鹿じゃねえの」
後ろから聞こえた声はかつてオレが死ぬほど憎んだ男のものだった。
「な、なんで稀咲が」
オレの問いを無視して稀咲は太郎くんに近付いていった。
「テメェがネグレクトされてたのを通報しただけだろうが。それだけの為になんでお前は…」
「それだけなんかじゃない。僕に外の世界を教えてくれた。色んな色を見せてくれた」
太郎くんはそう言って何でもなさそうに笑った。さっきの不良にやられてボロボロなのに、左腕だって吊ってるのに、稀咲が自分を見てくれたのが嬉しくてたまらない。そんな顔をしていた。

「…オレは謝らねえぞ」
「謝ってもらうことなんて何も無いよ」
「馬鹿じゃねえの」
もう一度そう言った稀咲の声は泣いているように聞こえた。