マイキーと場地の幼馴染み

「なに場地、またマイキーと喧嘩したの?」
「…別にそんなんじゃねえよ」

呆れたような口調のくせにオレの頭を撫でる手はムカつくぐらい優しくて、固めた決意が鈍りそうになる。マイキーに負けたり、一虎と喧嘩したりすると決まってコイツのとこに行く。男にしては柔らかい太ももに頭を乗せてアイツらの不満を口にするオレをいつも撫でてくれた。太郎はオレのことなんて全部見通していて、隠し事なんて出来たことが無かった。けど今回の件だけは太郎にだってバレる訳にはいかない。一虎が暴走している今、太郎に危害を加えないとは言えなかった。

「一虎くん出てきたね」
「ッ!なんで…」
考えていることを読まれたのかと思った。
あの日、真一郎くんを庇って太郎の兄貴は死んだ。恨んでたっておかしくないのに、一虎のことを事も無げに話題に出すのだ。
「真一郎くんから聞いたんだ。心配しなくても別に恨んでなんかないよ」
「アイツは、オレは、お前の兄貴を殺したんだぞ」
「うん。でもお兄ちゃんも好きだけど、それと同じくらい二人のことが好きだからさ」
やっぱり太郎だけは巻き込めない。万が一何かあったら太郎の兄貴に顔向けできない。

「当分オマエには会わねぇ。一虎に会ったら逃げろ」
「なにそれ」
「約束、な?」
額と額を合わせて約束させる。オレらだけの秘密のルールだ。当時“針千本”が分からなかったから、代わりに嘘ついたら頭突きという至って簡単なルールをコイツが作った。太郎の綺麗な目が近くて見られるこの約束の時間がオレは好きだった。
「ねえ圭ちゃん。ちゃんと帰ってきてね」
「…じゃあな」
昔の呼び方をするコイツに嘘は付けなくて、返事をせずそのまま別れを告げだ。

とりあえず稀咲の裏の顔を暴いてやる。東卍を守って、一虎を説得して、そんで笑って太郎のところへ帰るのだ。







芭流覇羅に取り入るためオレを慕ってくれていた千冬を殴った。何度も何度も何度も。
手や顔に付いた血が洗っても落ちない気がした。
覚悟はしていたはずだった。でも仕方ないという気持ちだけでは割り切れなくて、情けない自分に腹が立つ。こんな時太郎がいたらなんて言うだろう。
自分から離れることを選んだくせに女々しく思い出して会いたくなった。






10月31日。
抗争の日、マイキーが一虎を倒したあと膝をついた。その隙を狙った芭流覇羅の連中に狙われそれを稀咲が助けた。お得意のパフォーマンスだろう。だから好機と思い稀咲に仕掛ける。稀咲だけは野放しにしてはいけない。稀咲さえ潰せればそれで良かった。途中千冬たちに邪魔されて、それから一虎に。

刺されそうになった。
止めてくれたのは太郎だった。

「一虎くん!」
「…なんでいるの。殺さなきゃ…太郎も殺さなきゃ」
「ふざけんな!」
一虎が標的をオレから太郎に変える。オレが止めるよりも一虎の方が早かった。
だが太郎はナイフの刃を素手で握りしめて、それを阻止した。誰よりも痛いのが嫌いなくせに。
「一虎くん、聞いて」
「太郎…手が…!」
「痛くないよ。大丈夫」
一虎が狼狽えた隙にナイフを奪う。太郎の手は深く切れているようで押さえても血が止まらなかった。
「太郎!」
「場地、俺のことはいいから。ねえ一虎くん」
「なに」
泣きそうになりながら一虎が太郎の声に耳を傾ける。いつかの淀んだ瞳は消えていた。
「俺もお兄ちゃんも誰も一虎くんのこと恨んでないよ。だからまた一緒に遊ぼ」
「なんで…オレ…お前の兄貴を」
「場地と同じこと言うじゃん。俺一虎くんのこと大好きだからさ、遊んでくれないと寂しいんだ」

「太郎ごめん、ごめんオレ…」
一虎が太郎に縋り付いて泣き始めた。
「オレはまだ許してねえ」
半間を軽くノして抗争を終わらせたマイキーは一虎の方へと足を向けた。
「マイキー!止めろ!」
血だらけの太郎を見たマイキーの頭に血が上ったのか太郎から一虎を引き剥がし、そのまま殴り掛かった。このままだと一虎を殺しかねない。
「だめ、だめだよマイキー」
太郎が必死に声を掛けるが聞こえていないのか、その手を止めない。
「おいマイキー!太郎が泣いてんだろ!」



オレらがまだガキだった頃、オレとマイキーが派手に喧嘩してボロボロになった姿を見て太郎はいつも泣いていた。
曰く「痛い」んだとか。いつも太郎が泣くとマイキーはピタリとその手を止めていた。
昔はオレもマイキーも太郎のことを女だと思っていたからある意味癖みたいなものだと思う。真一郎くんも女の子は大切にしろってずっと言ってたし。
太郎を泣かせちゃいけないという意識は今も変わらずにずっとある。さすがに今では太郎も滅多なことでは泣かないが、それでもその涙に弱いのは変わらなかった。



オレの言葉にマイキーは手を止めた。
「マイキー痛いよ」
あの頃のようにポロポロと泣く太郎を見て、ようやくマイキーは正気に戻ったようだった。
「太郎、手痛い?」
「いたくない」
そうやって強がる太郎の顔は青白く、太郎の兄が死ぬ前と同じだった。このまま太郎が死んでしまうと思った。
「マイキー!救急車って何番だ!?」
「もう呼んであります!」
マイキーにそう聞けば千冬と一緒にいたヤツが先んじて呼んでくれていた。どうやら間もなくここに着くらしい。
「ばじったらおおげさだなあ。そんなのよばなくてもいいのに」
辿々しくそう言った太郎は力なさげに笑っていつも通りオレを撫でようと手を伸ばした。しかしその手が血まみれなのを思い出して引っ込めた。
「ごめんね」
それが何に対する謝罪なのかはオレには分からなかった。


✼✼✼✼✼

「太郎…。オレが太郎の面倒見るから」
病室に行けば一虎が太郎に抱き着いていた。何となく許せなくて引き剥がす。
「病人に抱き着くなよ」
「迷惑だった?」
「全然、大した怪我じゃないから気にしなくていいのに」
いつもみたいに優しく笑う太郎の両手は包帯でぐるぐるになっていて、似合ってなかった。怪我はいつもオレやマイキーで、太郎はそれを手当てするのだ。だから見慣れない太郎の包帯姿に胸が苦しくなった。

結局巻き込んでしまった。太郎がいなければどうなっていたか分からないけど、それでもコイツだけは守らなければいけなかったのに。


「マイキーとはどう?」
太郎は少しだけ躊躇いがちに一虎に尋ねた。マイキーのあの様子を見てずっと心配だったのだろう。
「太郎が許してんのにオレが許さねえとか出来ねえじゃん」
「マイキーッ!」
いつもの何考えてんだか分かんない顔でマイキーは現れると、太郎の手を見て顔を顰めた。やっぱり考えることは同じらしい。
「オレ、お前が喧嘩とか抗争とかに来んのやだ」
「俺だって行きたくないよ」
また柔らかく笑った太郎はそのまま両手を上げて、「大丈夫」とでも言うように左右に動かした。
「俺は元気だし、一虎くんも元気。場地もマイキーも元気。結果オーライでしょ?」
太郎の言葉にマイキーは珍しく大きな溜め息をつくとその辺にあった椅子に座り込んだ。

「太郎が許してんならオレから言うことは何もねえし。これからも一虎は東卍の一員だ」
「もちろん場地も」と付け加えられ、「おお!」だか「うおぉ!」だかよく分からない変な声が出た。
チームとかに詳しくない太郎だけは首を傾げていたが、マイキーの言葉にオレと一虎がどれほど救われたことか。
「でも次太郎になにかしてみろ。殺すぞ」
「分かってる」
一虎はそう言って太郎の手を労わるように撫でた。太郎はマイキーの勢いに何か言いたげに口を開いたが、結局そのまま曖昧に笑っただけだった。



▷▷▷


本当は一虎くんを恨んでいないなんてウソだ。ずっと憎くて憎くて仕方なかった。
兄の私物を見る度に胸が伽藍堂になって、それを埋めるように一虎くんへの怒りが膨れ上がる。
でも一虎くんを恨んだって兄は帰ってこないし、兄はそんな俺を見て悲しむだろう。だから何でもないように笑うしかなかった。

兄のことなんて気にしてないフリをして、あれは事故だったんだ、しょうがないんだって思い込んで。
いつの間にか自分の気持ちが分からなくなって、張り付いた笑顔が外れなくなった。

そんな笑顔の仮面が外れたのが一虎くんが出てくると聞いたときだ。
初めて人を殺したいと思った。俺の気持ちはずっと変わらずに一虎くんを恨み続けていたのだ。
抗争の日、俺は一虎くんを殺すつもりだった。
それで終止符を打って楽になりたかった。何も考えなくていい、そんな生活に戻りたかった。





一虎くんが俺に向かってきた時、その目には恐怖と怯えと孤独が映っていた。
小さいころ、雷雨の中一人怯えていた俺と同じ目だ。あの時マイキーと場地が迎えに来てくれた。一虎くんにはその誰かが必要だと思った。
だからその時その瞬間に一虎くんへの恨みがスっと消えた。あの寂しさに共感したのかもしれない。孤独を哀れんだのかもしれない。自分でもこの時の感情の変化に理由をつけられないけど、ただ一虎くんを助けたいと思ってしまった。

兄はそんな俺を見てきっと安心したことだろう。

でもマイキーが一虎くんを殺す勢いだったのは肝が冷えた。俺のような痛みをもう誰にも経験して欲しくない。それに一虎くんを殺してしまったらマイキーは絶対に自分を責めるに決まってる。それが辛くて悲しくて痛かった。
マイキーを止められない自分が悔しくて情けなくて、気付いたら涙が出ていた。泣き虫は卒業したと思っていたんだけど。

でも俺が泣いたからマイキーはその手を止めてくれた。昔から俺が泣いていると気まずそうに慰めるのだ。場地もマイキーもあの頃からずっと、ずっと変わっていない。




目が覚めたら全てが終わっていた。
全て良い方向に進んだようだ。

マイキーも一虎くんも仲直りをしてくれた。
俺の手はちょっと痛いけど、でもまあ別にいい。場地がずっと苦しんでいたから、それと比べれば全然痛くない。

マイキーが一虎くんに俺を傷付けたら殺す、何て物騒なことを言っていた。一虎くんを殺したかったのは俺の方だったのに、マイキーの言葉はちょっと嫌だと思ってしまった。一虎くんがいなくなったら寂しいなって。
口には出さない代わりに一虎くんに抱きつくことにした。貴方を殺したかったのです、だなんて言えないから。そしたらマイキーも場地も俺に抱きついてきて、皆で団子状態になって、なぜだか笑いが込み上げてきた。

兄が死んでから一番笑った気がした。